Onco-cardiologyガイドラインが3月10日に刊行される エビデンス収集に向けた橋頭堡に Onco-cardiologyガイドラインが3月10日に刊行される エビデンス収集に向けた橋頭堡に

日本臨床腫瘍学会と日本腫瘍循環器学会が編集した腫瘍循環器疾患の診療をテーマにした「Onco-cardiologyガイドライン」(南江堂:ISBN978-4-524-22819-5)(写真1)が2023年3月10日、第87回日本循環器学会学術集会の初日に合わせて刊行された(日本癌治療学会、日本循環器学会、日本心エコー図学会の3学会が協力)。腫瘍循環器の領域では臨床研究やビッグデータの利用によりエビデンスの収集が求められているが、ガイドラインはその橋頭堡になると期待される。

Onco-cardiologyガイドライン
写真1「Onco-cardiologyガイドライン」(南江堂:ISBN978-4-524-22819-5)定価1,980円(税込)

本ガイドラインは、質の高い診療ガイドラインの普及を目指すEBM普及推進事業であるMedical Information Distribution Service(Minds)の「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3.0」に準拠して作成された。

作成にあたっては、作成委員として13人、協力委員として15人、評価委員として3人が参加した。まず10の重要臨床課題(表1)を選定し、Clinical Question(CQ)を設定、各課題に合わせたエビデンスを収集、評価・統合した後に、推奨を作成するとともにガイドライン草案を作成するという手順で実施した。最終的にガイドライン統括委員会が公開、パブリックコメントを募集、反映させた。

表1 選定された重要臨床課題

1) がん薬物療法中の心機能のモニター
2) 心血管イベントを発症した患者に対する薬物療法の選択
3) トラスツズマブのマネジメント
4) 血管新生阻害薬のマネジメント
5) プロテアソーム阻害薬のマネジメント
6) 免疫チェックポイント阻害薬のマネジメント
7) がん薬物療法における静脈血栓塞栓症のマネジメント
8) がん薬物療法における肺高血圧症のマネジメント
9) 心毒性を有するがん薬物療法のマネジメント
10) がん薬物療法における心血管イベントの予防

臨床課題をエビデンスの集積に応じて分類

10の課題は、がん患者への全般的な診断(心エコー図検査)、がん薬物療法、静脈血栓症、肺高血圧、心不全の5つに分けられた。課題のそれぞれについて作成委員を中心に吟味したところ、推奨の是非を判断するために必要なエビデンスの集積が十分でないことから、正式なCQは5つとし(表2)、残りのうち、今後の重要な課題はFRQ(Future Research Question)(表3)、基本的な知識により臨床で広く行われており今後新たなエビデンスが出てくる可能性が少ないと考えられるものはBQ(Background Question)に位置づけた。

表2 Clinical Question

CQ Question 推奨
(ステートメント)
推奨の強さ エビデンス
の強さ
合意率
CQ1 がん薬物療法中の患者の定期的な心エコー図検査で、GLS(global longitudinal strain)の計測が推奨されるか? がん薬物療法中の患者の定期的な心エコー図検査でGLSの計測が提案される。 弱い C
(弱)
92%
(11/12名)
CQ3 心血管疾患の合併のあるHER2陽性乳がん患者に対してトラスツズマブおよびペルツズマブ投与は推奨されるか? 投与前の循環器医との協議と治療中のモニタリングを前提に、トラスツズマブおよびペルツヅマブを投与する。 弱い C
(弱)
100%
(12/12名)
CQ
5-1
プロテアソーム阻害薬(カルフィルゾミブ)を投与する多発性骨髄腫患者に対して心臓評価は推奨されるか? プロテアソーム阻害薬を投与する多発性骨髄腫患者に対して心臓評価を行うことを提案する。 弱い D
(非常に弱)
100%
(12/12名)
CQ
7-2
がん薬物療法に伴い静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)を発症した患者に抗凝固療法は推奨されるか? がん薬物療法中に発症した静脈血栓塞栓症に対する抗凝固療法を行うことを提案する。
※肺塞栓症と中枢型深部静脈血栓症が対象。
弱い B
(中)
83%
(10/12名)
CQ
9-1
心毒性のあるがん薬物療法を行う患者に対して定期的な心臓評価は推奨されるか? 心毒性のあるがん薬物療法開始時の心エコー図検査・バイオマーカー検査・心電図検査による心臓評価は心不全予防のために提案される。 弱い C
(弱)
92%
(11/12名)

表3 Future Research Question

FRQ Question
FRQ5-2 心機能低下のある多発性骨髄腫患者にはカルフィルゾミブよりもボルテゾミブ、イキサゾミブ投与は推奨されるか?
FRQ6-1 免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor: ICI)投与中の心筋障害診断のスクリーニングは有用か?
FRQ7-1 がん薬物療法に伴う静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の診療にバイオマーカーは推奨されるか?
FRQ8-2 がん薬物療法による肺高血圧症に早期の肺血管拡張薬は有効か?
FRQ9-2 がん薬物療法を行う器質的心不全患者に対して定期的な心臓評価は推奨されるか?
FRQ9-3 がん薬物療法を行うステージB心不全患者に対して循環器専門医の併診は推奨されるか?
FRQ10 がん薬物療法として心毒性のある薬剤の投与時に心保護目的に心保護薬[アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、β遮断薬、デクスラゾキサン以外]の投与は有用か?

第87回日本循環器学会学術集会では、ガイドライン作成の中心となった東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科の矢野真吾教授(写真2)がガイドラインについて解説した。矢野教授は多発性骨髄腫治療薬のカルフィルゾミブ(プロテアソーム阻害薬)により心血管関連事象が発生する症例ではそうでない症例に比べ全生存期間(OS)や無増悪生存期間(PFS)が低下するとの報告を引きながら、心血管関連事象のマネジメントが、がん治療効果を左右すること、その重要性を強調した。

写真2 第87回日本循環器学会学術集会で講演する東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科の矢野真吾教授

最も重要なFuture Research Question

今回のガイドラインの特徴として「腫瘍医と循環器医が十分に協調して作ることができた。また異なった分野の専門医と交流することによって大変な勉強になった。直接経口抗凝固薬(DOAC)の使い方1つとっても、腫瘍医に比べ、循環器医が細かな配慮をしながら使っていることが分かった」と述べた。

また、今回のガイドラインの最も重要な課題は、重要な設問でありながらエビデンスをベースにした推奨を明記することができなかったFRQであると述べた。「FRQは腫瘍循環器の臨床現場が最も必要とする臨床研究のテーマとも言える。今後、エビデンスの集積に応じて改訂が加えられることになると予想される」。