高血圧の管理はがん治療にも心臓の健康維持にも重要 高血圧の管理はがん治療にも心臓の健康維持にも重要

がん患者での血圧管理の重要性が注目されている。特に高血圧症はがん患者に対する診療に影響を与えると同時に、がんの増悪を促す可能性が浮上してきた。逆にがんの発症自体が高血圧の増悪を促し、心血管イベントのリスクを高める可能性も指摘されている。がんとともに血圧をマネジメントすることからOnco-Hypertension(がん高血圧)が日本高血圧学会フューチャープラン委員会のワーキンググループから提唱されている。提唱者の1人、横浜市立大学の峯岸慎太郎助教に聴いた。

 

がん患者やがんサバイバーに発症する高血圧を問題とされ、Onco-Hypertensionという概念が日本のグループや米国のグループから提唱されています。Onco-Hypertensionとはどのような概念ですか。がんではない方の高血圧とどこが違うのでしょうか。

峯岸 慎太郎 助教

峯岸疫学データでは、がん患者においても高頻度に高血圧を合併していることが明らかとなりました。高齢化社会を迎える世界レベルにおいて、高血圧症を合併したがん患者が今後も増加していくことが予想されます。がんの種類によっては、がんの発症自体が高血圧をもたらす可能性があり、加えて抗がん剤による治療がさまざまな経路を介して血圧上昇を惹起します。

近年のがん治療成績の向上により、がんサバイバーの対応が必要となっています。成人のがんサバイバーだけでなく、小児がんサバイバーの血圧管理も重要課題となっています。

日常診療では、がん関連痛やステロイド剤などの併用薬など、がん治療は血圧上昇に影響する要因が多数存在しますが、残念ながらがん診療における血圧のガイドラインは確立していません。がん治療開始前、治療中、治療後、それぞれの時期での血圧管理を考えていく必要があり、腫瘍専門医、腫瘍循環器医、そして、薬剤師等を含めたチーム連携により、患者情報を共有した集学的治療が必要です。こうした中で、がん患者の血圧管理に関する臨床的エビデンスを構築し、予後を改善するために、日本高血圧学会はOnco-Hypertensionという新しい学術領域を提唱しました。Onco-Hypertensionと提唱していますが、実際には、がん治療における血圧管理の重要性について多方面からエビデンスの構築を行っています。そのため、血圧上昇だけでなく、血圧低下にも配慮が必要と考えています。

高血圧への配慮をとりわけ必要だとマークされているがん治療薬はありますか。

峯岸カルボプラチンやドセタキセルのようにアナフィラキシーショックで血圧を下げる可能性のある薬剤は、化学療法実施に注意が必要です。抗がん剤による有害事象により、治療を継続できない場合には、治療選択肢が減ることとなり、予後に影響します。一方、VEGF阻害薬であるベバシズマブのように血圧上昇をきたす薬剤については、高血圧を発症した症例では良好な治療成績を示すことが複数の試験で報告されているため、多種治療薬とその副作用を理解したうえでの血圧管理と診療科の枠を越えた協力体制が必要と考えています。

がん患者の高血圧を管理する重要性

がん患者の場合、わずかな血圧上昇も健常者に比べ心不全リスクが上昇するという報告があるそうですが。

峯岸がん患者さんでは、心不全のリスクとなり得る、肥満、糖尿病、脂質異常症などの併存疾患が多くあります。共変量で調整した後でも、ステージ1および2の高血圧は、心不全発症のリスクと関連していました。さらに、年齢、性別、がんの種類に関係なく、血圧の上昇と心不全発症のリスク増大の関連が認められました。なお、この関連は、がん治療を積極的に行っている患者さんでも観察されています。いくつかのがん種によっては、がんが原因で死亡する患者さんよりも、心血管イベントでお亡くなりになる患者さんのほうが多いといったような最近の報告も出てきております。

これまで、がん患者における心血管疾患予防は注目されていませんでしたが、がん治療の進歩で、がん患者の予後が改善しているため、がん患者であっても高血圧を管理することの臨床的意義が示された重要な研究結果だと考えています。

がん患者の高血圧治療には何を手掛かりに勧められていますか。米国心臓病協会(AHA)から2023年にがんと合併する血圧管理に関する勧告が出たようですが、日本の診療に導入することは可能とお考えですか。日本独自の勧告やガイドラインを作成する必要があると思われますか。

峯岸先ほどの質問にもあったように、がん患者には、高血圧を発症または増悪させる複数の要因がありますが、薬剤誘発性高血圧やがん生存者の血圧管理に関するエビデンスは十分ではありません。そこで、我々は2021年に、高血圧とがんに関するエビデンスを提供するための戦略的かつ重点的な取り組みが重要と考え、Onco-Hypertensionという新しい学術領域を提唱し、HYPERTENSION誌に投稿しました。

一方、AHAからの科学的声明として、“Cancer Therapy Related Hypertension”が2023年に公表され(この声明に対する、峯岸助教らのレターが2023年3月23日にHYPERTENSION誌にアクセプトされた)、高齢化社会において高血圧を合併するがん患者は増え続けていますが、現代の多くのがん治療薬は心血管毒性を伴い、心臓病、血栓塞栓症、血圧上昇を引き起こす可能性があります。そのため、AHAは、がん治療前の心血管疾患のリスク評価、がん治療中の血圧管理、がん治療終了後のリバウンド性低血圧など、血圧とがんの間に存在する複雑な関係を、がん治療による最適な治療効果を確保しながら、集学的なチームアプローチで管理することを提唱しており、日本高血圧学会もこの提案に賛同しています。

AHAが提唱する“Cancer Therapy Related Hypertension”のコンセプトに加え、我々はがんと高血圧の間には双方向の関係があると考えています。実際、我々のグループはビッグデータ解析を実施し、未治療の高血圧が腎臓がんや大腸がんなどのリスクとなることを見出しました。

高血圧とがんは単独または併発して心血管疾患を発症し、結果として生活の質と予後の悪化につながる可能性があります。今後、高血圧とがんの関連、血圧を上昇させるがん関連因子、薬剤とがんリスクなど、複雑なメカニズムを解明していくためには、AHAの声明で提唱されているような多職種による協力と包括的な研究が必須です。特に、我々は、がん治療に関連した血圧管理に加え、がん発症予防としての血圧管理の重要性も考え、AHAと連携しながら、治療指針の策定を進めていきたいと思っております。

血圧の治療に伴うがんへの影響

血圧管理を行うことによってがんの発症や再発のリスクを下げることが期待できますか。

峯岸我々の研究グループだけでなく、他のグループからも、高血圧がある種のがんの発症や進展に関与している可能性があると報告されています。そのため血圧管理ががんの発症を予防できる可能性がありますが、詳細については全く明らかになっておらず、現在、我々は基礎研究も含めて検証を実施しています。特に再発リスクに関しましては、がんの種類や治療もさまざまで、外科治療をした早期がんと化学療法を要した進行がんなど、どのようながんのどのような病期で有効なのか、今後Onco-Hypertensionワーキンググループで検証していく方針です。

先生は免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を投与しても短期的に高血圧を増やさないと報告されていますが、その臨床的な意義はどこにありますか。

峯岸ICIは、がん治療において非常に優れた治療成績を示し、新時代を切り開く薬剤として日常臨床で広く使用されています。その臨床的有用性にもかかわらず、さまざまな臓器症状を伴う免疫関連有害事象(irAE)として知られる独特の副作用を引き起こすことがありますが、循環器領域では、心筋炎、不整脈、伝導異常、心膜疾患、たこつぼ心筋症などのirAEが有名です。これらの有害事象の頻度は低いものの、重篤であり、早期発見・早期治療が重要ですが、高血圧との関連はほとんどわかっていませんでした。今回の研究では、少なくとも1種類のICIと他のがん治療薬を併用し、対照群との比較を行っている無作為化比較試験(RCT)を選択して解析を行っています。

そのため、通常のがん治療にICIを上乗せしたときの高血圧リスク、すなわち、併用療法の薬剤に関係なく、ICI治療そのものの高血圧リスクを算出することができました。結論としては、ICIの治療に伴い血圧は上昇しないという知見が得られました。日常診療ではICIとVEGF阻害薬が併用されることもあり、がん治療中の血圧上昇については、ICIなのか併用薬由来なのかを議論する際に、臨床的に役立つエビデンスが構築できたと考えています。

がん、がん治療、高血圧の因果関係を明瞭にすることが正しい治療選択につながると思いますが、そのために先生がご計画されている研究があれば、差し支えない範囲でご教示願えますか。

峯岸我々は、がん治療に関連した血圧管理に加え、がん発症予防としての血圧管理の重要性も考え、Onco-Hypertensionという新しい学術領域のコンセプトに基づき、多方面からエビデンスの構築を行っています。ビッグデータ解析や実験動物を用いた研究だけでなく、降圧剤を投与したがん患者と投与していないがん患者から得られた人工多能性細胞の評価、がん細胞クラスターのシングルセル解析、ゲノムを標的としたマルチオミクスアプローチなど、さまざまな方法を用いて総合的に解析することで、血圧とがんの正確な関連性やメカニズムを明らかにしていく必要があると考えています。Onco-Hypertensionに関するステートメント作成に向けては、現在、重要臨床課題からのCQを設定し、システマティックレビューとメタ解析を実施する準備を進めています。

ナトリウムの体内動態からOnco-Hypertensionの本態に迫る

将来、がん患者の高血圧治療に推奨される降圧剤銘柄が開発もしくは選定される可能性はあるでしょうか。

峯岸抗がん剤のみならず、がん患者に使用する降圧剤をはじめとするさまざまな薬剤の特徴や副作用を同定したうえで、治療の最適化・予後予測・発病予防を行う必要があります。臨床研究としては、将来的に、生体のナトリウム量を可視化できる23-Sodium magnetic resonance imaging(23Na-MRI)という技術を用いて、がん患者の心血管疾患リスクを評価することを計画しています。がん患者における血圧上昇メカニズムを体液調整機構の観点から明らかにすることで、新規治療法の開発につながると期待しています。

峯岸 慎太郎(みねぎし・しんたろう)助教

2005年宮崎大学医学部卒業、07年から横浜市立大学医学部循環器・腎臓・高血圧内科学教室に入局。食塩感受性高血圧症の分子病態生理研究に従事。2016年9月に日本高血圧学会総会Young Investigator Award最優秀賞を受賞。2018年3月から2022年3月までDuke-NUSのJens Titze研究室に留学。2021年10月に日本高血圧学会総会(高血圧関連疾患モデル学会合同企画)Splendid basic Hypertension Research(SHR)Award最優秀賞を受賞。日本内科学会総合内科専門医。日本循環器学会認定循環器専門医。日本高血圧学会基礎研究推進部会メンバー。