心機能障害の登録研究は連続横断研究で行うべき 心機能障害の登録研究は連続横断研究で行うべき

腫瘍循環器の領域では臨床研究の圧倒的な不足が指摘され、日常診療を進めながら質が高い臨床研究を進める方法の模索が始まっている。新潟県立がんセンター新潟病院腫瘍循環器科の大倉裕二部長は、昨年(2022年)開催された第5回日本腫瘍循環器学会学術集会で、がん治療関連心機能障害(CTRCD)の登録研究を学会主導で行うことを提案した。大倉部長にその詳細を伺った。

新潟県立がんセンター腫瘍循環器科設立の経緯、陣容について教えてください。

大倉私は2008年に新潟大学から新潟県立がんセンター内科(循環器内科)に着任しました。
専門性を県内外に示すために2018年から腫瘍循環器科を標榜することになりました。佐藤信昭院長から「がん医療における循環器診療に特化しては」という提案があり、それに応えました。常勤は小生1人で大学から外来の応援を得ています。

将来の疫学調査を視野に臨床データを整備

腫瘍循環器科の活動内容とその成果について教えてください。

大倉400床のがん拠点病院の循環器診療インフラの維持と循環器疾患への対応が仕事です。多職種と協力して、大学循環器内科と連携して、日常業務を行っています。心電図と心エコー検査は全てその日のうちにレポートを作成し、診療録の内容も確認してから、主治医の求めに応じてフィードバックします。これにはもう1つの目的があります。自動診断や検査技師の報告を鵜呑みにせず、臨床データを正確に登録して後の疫学調査のために生かすためです。
2020年に新潟腫瘍循環器協議会が発足してからは、代表の新潟大学大学院医歯学総合研究科腫瘍内科学分野の西條康夫教授と循環器内科の猪又孝元教授の指導を仰ぎながら、事務局として新潟県の腫瘍循環器診療を牽引しています。2021年はアントラサイクリン系薬剤の使用後の患者の心不全スクリーニングの推進を、2022年は免疫チェックポイント阻害薬関連心筋炎の対策の普及を新潟県下で進めました。

日常のがん診療において、がん治療関連心機能障害(CTRCD)を含め腫瘍循環器の疾患はどのような影響を与えているのでしょうか。

大倉CTRCDが、がん治療の停滞を招き、患者の生存を危うくするというご指摘はその通りだと思います。CTRCDが引き起こす慢性心不全は、生活の質を損ね、入退院を余儀なくし、ときに突然死を招くなどして生命予後を悪化させます。こうした事態を避けるために、患者自身は食事や行動や服薬などで、さまざまな制限を強いられます。CTRCDは若者や中年女性など、一般的には慢性心不全とは無縁な年齢層に深刻な慢性心不全を引き起こすため、個人のみならず家庭や社会にも悪影響をもたらします。

日常診療の中で大倉先生が特に注意を要すると感じられている抗がん剤があれば教えてください。そうした薬剤を使う際には特段の注意を払っていますか。

大倉まずアントラサイクリンやトラスツズマブの心不全、免疫チェックポイント阻害薬関連心筋炎、チロシンキナーゼ阻害薬の心不全(肺がんへのオシメルチニブ、エヌトレクチニブ)、ベバシズマブの虚血性心不全・高血圧性心不全などです。

新薬登場時のCTRCDの情報が足りない

生まれて日が浅い腫瘍循環器の領域では臨床エビデンスの不足が指摘されています。どのように臨床研究を進めるのか、今後議論が活発化してくると思います。大倉先生は、昨年の第5回日本腫瘍循環器学会学術集会で学会主導のCTRCD登録研究を提唱されました。そもそもCTRCD登録研究が必要な理由はどこにあるとお考えですか。

大倉がん領域ではチロシンキナーゼ阻害薬などの分子標的治療薬が新薬として続々と承認されています。一部では添付文書の重要な基本的注意に心不全が記されています。しかし、販売開始後しばらくは「心不全が起きるらしい」「併存症が顕性化しただけではないか」「因果関係は不明」といった情報が交錯し、実態が不明となるケースが少なくありません。
PMDAの医薬品副作用データベース(JADER)や個別症例安全性報告を集めたWHOグローバルデータベースであるVigiBaseの論文で「有意に多い」ことが分かり、さらにハイボリュームセンターの症例調査から全貌を知ることになるのですが、そこに到達するまでに数年を要することになります。新薬のインタビューフォームを通じて情報を得ようとしても、有害事象の発現頻度しか分からず、臨床像や経過などの詳細な情報は得られません。しかも先行発売された外国での情報しかないケースもあり、そのような場合日本人ではどうなのだろうと悩んでしまいます。「もう少し早く分からないもの?」「それが可能な学会はどこだろうか?」と考えます。

CTRCD登録研究が期待すべき成果をどのようにイメージされていますか。

大倉新たな抗がん剤の心毒性のセンター集約により具体的な情報を共有可能です。分母が分かること、臨床への疾病負荷が分かること、臨床へのフィードバックが可能になります。

CTRCDならではの登録研究の難しさ

症例登録研究はさまざまな疾患領域で行われてきました。CTRCD登録研究の難しさはどこにあるとお考えですか。

大倉思いつくだけで6つあります。
1つは、がんという病気ががん種、病期、患者背景(年齢・合併疾患など)など非常に多様な病気であるために、登録が複雑になってしまうことです。
2つめがフォローアップ中の脱落が多いこと。
3つめは、一般的にがん薬物治療は1次~3次、多いと5次までプロトコールがあり、有効性が認められるまでおびただしい種類の薬剤が使用され得ることで、そうなれば治療とイベントとの因果関係が分かりにくくなります。
4つめは目的とした主要心血管イベント(MACE)などのアウトカムが現れる前にがん死することが多い。すなわち、がん死が「競合リスク」になり心血管系への影響の評価を妨害することになります。
5つめとしては変数とアウトカムのバランスが悪くMACEの予測因子を示せない恐れがあることも指摘できます。
最後がデータの収集のみならず維持・管理にコストがかかることを挙げることができます。

連続横断研究が最適である

大倉先生が最適と考えるCTRCD登録研究のプロトコールを教えてください。

大倉私がCTRCDの登録研究に求めたいことは、即応性/具体性/定量性があること、だれでも簡単に協力できること、継続可能であること、社会の役に立てることです。もし、自分が参加するとすれば、連続横断研究が最も適していると考えています。低コスト、効率が良い、有病率が得られます。毎年行えば、集団の経時的な変化を捉えられます。特徴的な症例が検出されたら症例調査に進みます(表)。この連続横断研究の欠点は、発生率、予後、自然経過、因果関係は分からないということです。

表 登録調査のスケジュール案

1月 心臓左室機能(EF)50%以下の症例の収集
エコーデータベースから1年間の症例をEXCELファイルで抽出
収集するデータはEF(期間最低値)、検査日、年齢、性別
新規症例にデータ追加
収集するデータはがん種、EF低下の背景疾患、被疑薬
EXCELファイルにパスワードロックをかけ事務局にメール
2月 収集データのまとめ
3月 重点CTRCD選定と再調査依頼(担当医を選定)
4~5月 担当医から再調査の仮報告
6月 学会理事会に報告
7月 重点CTRCD報告を日本腫瘍循環器学会学術集会のプログラムに入れる
担当医による再調査の報告
腫瘍専門医による再調査対象となった腫瘍の解説
製薬メーカーの学術担当の解説
9月 学術集会で発表
※以上を毎年繰り返す

令和最大の問題は免疫チェックポイント阻害薬関連心筋炎

CTRCD以外の腫瘍循環器障害、例えばがん関連血栓症などでも症例登録研究に着手すべきとお考えですか。

大倉がん血栓症は予防法や治療法がすでに確立しており、各科が状況に応じて対応をしています。軌道に乗った領域で症例登録を行っても貢献できることは少ないでしょう。

腫瘍循環器科の医師として、最も困っていることはどのようなことですか。

大倉令和の最大のonco-cardiologyの問題は免疫チェックポイント阻害薬関連心筋炎です。一部の専門家はよく知っていますが、この病気を診断できない病院や、診断できても有効な対応が取れていない病院が多いと思います。少なくとも新潟県の現状はそうです。腫瘍循環器医が先頭に立って取り組むべき問題です。大学病院との連携がカギですので腫瘍循環器学が大学でも教育されることを望みます。医師会のベテランの先生方の知識のアップデートも重要です。日本医師会でも教育企画をお願いしたいです。

大倉 裕二(おおくら・ゆうじ)先生

1990年新潟大学卒業。2005年新潟大学助手、07年助教を経て、08年に新潟県立がんセンター新潟病院に着任。18年から腫瘍循環器科部長。腫瘍循環器をめぐる多職種連携に注力している。日本内科学会認定内科医、日本循環器学会認定循環器専門医。