腫瘍循環器ガイドラインの骨子固まる ガイドライン作成委員長の矢野教授が解説
腫瘍循環器ガイドラインの骨子固まる ガイドライン作成委員長の矢野教授が解説

日本腫瘍循環器学会など腫瘍循環器関連学会が進めている「腫瘍循環器診療ガイドライン」の作成作業が大詰めを迎えている。年内にドラフトを公開し、パブリックコメントを募集、2023年の日本循環器学会学術集会などを経て正式に決定される予定だ。

矢野 真吾 教授
矢野 真吾 教授

「腫瘍循環器はわが国では新しい領域の学問であり、体系的な診療ガイドラインが存在しない。欧米では既にガイドラインが作成されており、日本国内でも国内の医療環境を反映したガイドラインを独自に作成する必要があった」と語るのは、腫瘍循環器診療ガイドラインの作成委員長を務める東京慈恵会医科大学血液・腫瘍内科教授の矢野真吾氏だ。
腫瘍循環器学は複数の診療分野を擁する学際領域にある。このため、ガイドラインの作成には、日本腫瘍循環器学会のほか日本循環器学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、日本心エコー図学会などから委員が出て、委員会を構成した。
同委員会はまず、腫瘍循環器にかかわる「重要臨床課題」を選び、そこからクリニカルクエスチョン(CQ)候補を作成、議論の過程でそれらの絞り込みを行う方式で全体の構成案を作成した。

最初に選出した「重要臨床課題」は、以下の10点。

  1. がん薬物療法中の心機能モニター(心エコー)
  2. 心血管イベントを発症した患者に対する薬物療法の選択
  3. トラスツズマブのマネジメント
  4. 血管新生阻害薬のマネジメント
  5. プロテアソーム阻害薬(カルフィルゾミブ)のマネジメント
  6. 免疫チェックポイント阻害薬のマネジメント
  7. がん薬物療法における静脈血栓症のマネジメント
  8. がん薬物療法における肺高血圧症のマネジメント
  9. ステージB心不全のマネジメント
  10. がん薬物療法における心血管イベントの予防

具体的な薬剤名が指定されていることが目を引く。

トラスツズマブはHER2陽性の乳がん、胃がん、唾液腺がんの治療に用いられる抗HER2抗体で「ハーセプチン」(中外製薬)のほかジェネリック薬がある。1%程度の患者に心不全など重篤な心障害が発生する。
血管新生阻害薬は血管新生因子(VEGF)を阻害して化学療法の効果を増強する薬剤。最初に承認された「アバスチン」(中外製薬)のほか、VEGF受容体に対する抗体(抗VEGFR抗体)のラムシルマブ(「サイラムザ」日本イーライリリー)が広く使われている。
カルフィルゾミブ(「カイプロリス」小野薬品工業)は多発性骨髄腫の治療薬で、重大な副作用として、心障害、肺高血圧症、静脈血栓塞栓症がある。
免疫チェックポイント阻害薬は心臓への致死的な有害事象を起こすことが注目されている。発生頻度は1%とされていたが、診断に至っていないものも多く、実際はもっと多い頻度で起こっているという指摘もある(現在、免疫チェックポイント阻害薬の国内の発生状況を国際医療福祉大学三田病院肺高血圧症センターの田村雄一教授らが中心になって調査研究を進めている)。

最終的に6個のCQにまとめる

委員会は重要臨床課題をベースに議論を進め、まず17個のCQを挙げた。そしてさらに議論を重ね、6個に絞った。
矢野教授は「腫瘍循環器領域の分野は新しい分野でエビデンスの蓄積がないテーマが多く、苦労した」と話す。一方で、エビデンスがあったとしても、日本の医療環境を考慮した場合、積極的に推奨するべきかどうかで議論が分かれたテーマもあった。
例えば心エコー検査のglobal longitudinal strain(GLS)の計測。左心機能のわずかな変化を検出する方法として、従来の左室駆出率(LVEF)よりも有効とされ、がん治療関連心不全(CTRCD)の必須検査になりつつある。GLS計測の有用性に関するエビデンスは十分であるが、日常のがん診療のなかでどこまで積極検査を推奨すべきかで議論が分かれた。
エビデンスの有無と同時に実効性を追究するガイドラインとなった。
「COVID-19の影響もあり、当初は十分な議論ができなかったが、委員の先生方の熱意とリモート会議への慣れもあり徐々に充実した議論になった」と矢野教授は語る。委員会における議論の結果を反映した臨床的な推奨度と推薦文の執筆は終わっており、近いうちに公開し、パブリックコメントの募集を始める予定だという。