京都府立医大、京都大 がん関連VTE患者の“日本版出血リスクスコア”を提案京都府立医大、京都大 がん関連VTE患者の“日本版出血リスクスコア”を提案

京都府立医科大学大学院医学研究科の大学院生・長井智之氏、同循環器内科講師の中西直彦氏、京都大学大学院医学研究科循環器内科助教の山下侑吾氏らのグループが、がん関連静脈血栓塞栓症(VTE)患者の直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)治療に伴う大出血リスクを予測するリスクスコアONCO-DOAC BLEEDスコアを、JACC CardioOncol. 8(3): 281-295, 2026に発表した。

発表された論文について、大阪がん循環器病予防センター副所長で、第8回日本腫瘍循環器学会学術集会の会長を務めた向井幹夫氏は、「本邦から出された新たなエビデンスとして貴重な内容」と高く評価している。

がん治療中の血栓形成を回避するためにDOACが使われることが多いが、一方で患者によっては“大出血”がみられ、事前のリスクを簡便に評価できるスコアを求める声が挙がっている。海外からは既にいくつかリスクスコアが提案されているが、「がん」を包括的に扱いがん種の違いがリスクに反映されないなど、現場のニーズに合わないものが多いのが現状。中西氏らのグループは、日本人のリアルワールドデータをもとに現場の要望に応える簡便で精緻なリスクスコアの開発に挑んだ。

グループは、「症候性静脈血栓塞栓症患者の多施設共同観察研究」(COMMAND VTE Registry-2)に登録された患者(5,197人)のうち、DOAC治療歴のあるがん患者1,166人を抽出。追跡期間(中央値163日)の間に“大出血”(国際血栓止血学会の基準に基づく)のあった127例(10.9%)について、各患者背景を多変量解析した結果、大出血の既往、慢性腎臓病(CKD)、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の使用、遠隔転移がん、末期がん、上部消化管がん、膵がん、子宮がんが大出血と関連がある因子として抽出された(表)。

表 大出血リスクの多変量解析結果とスコアポイント
因子 HR(95% CI) β係数 p値 ONCO-DOAC BLEED
スコアポイント
75歳以上0.72(0.47-1.11)-0.1650.14
低体重(BMI<18.5kg/m21.55(0.99-2.42)0.2180.056
大出血の既往2.53(1.53-4.18)0.464<0.0011
CKD1.64(1.07-2.51)0.2470.0241
貧血1.59(0.98-2.57)0.2320.058
NSAIDの使用1.63(1.02-2.59)0.2430.041
遠隔転移がん1.75(1.19-2.57)0.280.0041
末期がん2.34(1.38-3.97)0.4250.0021
上部消化管がん2.83(1.63-4.91)0.52<0.0011
膵がん2.14(1.20-3.80)0.380.0011
子宮がん2.41(1.44-4.04)0.440.0011
肺がん0.58(0.29-1.19)-0.2690.14
血液がん0.68(0.31-1.52)-0.1910.35
ONCO-DOAC BLEEDスコア低リスク0
中リスク1
高リスク≧2

ONCO-DOAC BLEEDスコアでは、これら大出血との相関が認められた大出血の既往、CKD、NSAIDの使用、遠隔転移がん、末期がん、上部消化管がん、膵がん、子宮がんがある場合に1点を計上、「0点」を低リスク、「1点」を中リスク、「2点以上」を高リスクと判定するというもの。

外部検証コホートとしてONCO DVT試験(下腿限局型深部静脈血栓症を有するがん患者)、ONCO PE試験(肺血栓塞栓症を有するがん患者が対象)に登録された799人を検証コホートとして、識別能を検討したところ、COMMAND VTE Registry-2コホートで0.68、検証コホートで0.62を示した。

向井副所長は「がん関連血栓症に対するDOAC療法という観点から、出血リスクを予測できることでより安全にがん治療ならびに心血管合併症への対応ができることになる。がん種として遠隔転移がん、末期がん、上部消化管がん、膵がん、子宮がんが挙げられたところも、実際にがん治療を行っている先生方にとって、分かりやすい結果だと思う。これらのがん種はCATの頻度が高いがんであり、DOAC投与が必要な症例でもある。なかでも膵がんの場合、予防的抗凝固療法を施行する可能性もあることから、出血リスクを予想できることは臨床的にも非常に有用性の高いリスクスコアになる」とコメントする。

「これからもアップデートが必要」

大出血のリスク因子として抽出された項目のHR(ハザード比)にはややばらつきがあった。例えば、上部消化管がんではHRが2.83(95% CI: 1.63-4.91)だが、膵がんでは2.14(1.20-3.80)だ。しかし、中西氏らは全てのスコアを1点に設定した。その理由を同氏は「実際の患者さんを前にして評価する場合、あまり複雑なものは利用できない。また、HRを反映したスコアを設定した場合でも識別能が大きく変わることがなかったので、あえてシンプルなスコアにした」と説明した。

ONCO-DOAC BLEEDスコアはがん治療におけるDOACを安全に使用するために有力なツールになることが期待される。一方で中西氏は「スコアはまだ完全なものではなく、これからも適宜アップデートしていく必要がある」と語る。

その理由の1つがバリデーションで使用したコホート群が無作為化比較試験(RCT)のものであった点だ。「RCTである以上、末期がん患者などは登録されていない。この点は今回の研究の限界といえると思う」と語る。

さらに日本人のリアルワールドデータ(RWD)から構築されたこのスコアが海外でも使えるかどうかも気になるところだ。同グループでは海外のコホートを対象にしたバリデーション研究を計画しているという。出血リスクには人種差があるとの研究もあり、このスコアが人種を超えて利用できるかどうかを検証していく考えだ。

論文の筆頭著者となった長井氏は、このスコアの識別能が0.68と“中等度”であったことの問題を指摘した。「臨床現場で使っていくためには識別能を上げる必要があると考えている。足りない約0.3の部分には、われわれが気づいていない未知の因子が隠れている可能性があり、今後それを明らかにしていく必要がある。そのため、今回の発表はゴールではなくスタート地点に過ぎない」と語る。

「低用量DOACがホットトピックスになる」

今後に残された最大の課題は、このスコアで高リスクと判定された患者にどのような治療を行うかだ。例えば、高リスクと判定された患者に対してDOACを使用する場合、その用法用量をどのように設定するかは、大きな問題だ。リスクを考慮してDOACの用量を減らした場合、大出血のリスクは低下するのか、血栓形成のリスクが高まることはないかという疑問に答える十分な臨床データはない。

現時点では患者のリスクをあまり考慮することなく同一量が投与されているが、中西氏は「これからは用量を減らした低用量DOACがこの領域のホットトピックスの1つになることは間違いない」と語る。その際には、客観的にしかも簡便に患者の出血リスクを評価する仕組みが必要になり、「このスコアが役に立てば良いと考えている。」(同氏)

今回の研究の構想は昨年5月に浮上し、腫瘍や生物統計の専門家との協議を重ねて最終的な解析方法が固まった。臨床現場の地道な症例登録と、現場の疑問に答えるためのデータ解析、得られたアウトカムから新たな研究テーマを模索するという流れをたどっており、今後の日本の腫瘍循環器のモデルケースになり得る研究といえそうだ。

※COMMAND VTE Registry-2のCOMMAND VTEはContemporary Management and Outcomes in Patients with Venous Thromboembolismの略。

長井智之氏と中西直彦氏
長井智之氏(左)と中西直彦氏(右)