第22回日本臨床腫瘍学会学術集会が3月6日から3日間にわたり、神戸で開催され、Special Session『腫瘍循環器学の重要性と実態:小室班研究を踏まえて』では、学会の理事長であり神戸大学大学院の南博信教授と国際医療福祉大学の小室一成副学長がそれぞれがん治療医、循環器医の立場から、腫瘍循環器学の重要性を訴えた。
「アンスラサイクリンや抗HER2療法が心血管毒性(CTRCVD)を起こすことが広く知られてきたが、分子標的治療薬の中にもCTRCVDを引き起こすものがあり、がん治療医の関心はまだ十分ではない」と語ったのは南理事長。CTRCVDの最大の問題点はがん治療後もCTRCVDのハイリスクな状態が続くこと。治療を終えて数年を経過してCTRCVDが起こることも珍しくない。「がん治療が終わっても、定期的に心血管状態を評価するフォローアップが重要」と南理事長は強調した。
一方で、現場の医師の心構えだけではどうにもならない問題も日本には存在する。その筆頭が、海外ではCTRCVD予防薬として使えるデクスラゾキサンが使えないことだ。トポイソメラーゼII阻害薬のデクスラゾキサンは、日本ではアンスラサイクリン系薬の血管外漏出による組織障害を抑制する用途でのみ使用が認められている。日本腫瘍循環器学会などの要望により公知申請されたが、厚労省はエビデンスが十分でないことを理由に承認しなかった。
血栓形成率37%の肺がん治療レジメン
心筋症と並んで血栓症も大きな問題だ。特に南理事長は近い将来に登場するレジメンに対して注意を促した。それは、非小細胞肺がんのアミバンタマブとラゼルチニブの併用療法だ。アミバンタマブは上皮成長因子受容体(EGFR)と間葉上皮転換因子(MET)を標的にする二重特異性抗体。一方のラゼルチニブは経口第3世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬。2024年4月にJ&J(ヤンセン)が「EGFR遺伝子変異(EGFRエクソン19欠失変異、エクソン21のL858R変異を含む)陽性の手術不能又は再発非小細胞肺がん」に対する治療薬として製造販売承認申請を行っている。
同様の適応をもつ薬剤にオシメルチニブがある。アミバンタマブ+ラゼルチニブ併用群とオシメルチニブを比較したMARIPOSA試験では、オシメルチニブの無増悪生存期間(PFS、主要評価項目)16.6ヵ月に対して、併用群は23.7ヵ月で統計的な有意をもって主要評価項目を達成した(HR=0.70、95%信頼区間:0.58-0.85、p<0.001)。一般的にEGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺がん患者の5年生存率は約19%と低く、アンメット・メディカル・ニーズの高い領域だ。アミバンタマブ+ラゼルチニブの登場は、こうした患者にとっては大きな福音に違いない。
一方で注意すべきは、血栓を作りやすいことだ。オシメルチニブの血栓形成割合が9%であったのに対して併用群では37%。Grade 3以上の血栓に限ると、オシメルチニブ群で4%であったのに対し、併用群では11%。さらに肺塞栓の形成はオシメルチニブ群で5%であったのに対して、併用群では17%とやはり高かった(Cho BC, et al.: N Engl J Med. 391(16): 1486-1498, 2024)。
南理事長は「(アミバンタマブ+ラゼルチニブは)大変良い治療法であり、大いに使うことになるが、皆さんのところにやってきたときに血栓のリスクを避けながら、使い続けることが必要になる」と会場を埋め尽くした聴衆に呼び掛けた。
ハイリスク薬ごとに個別の対策が必要
「腫瘍循環器という古くて新しいテーマではあるが、腫瘍医と循環器医の連携はまだ理想にほど遠い状態にある」と指摘したのは国際医療福祉大学副学長の小室一成教授だ。わが国の腫瘍循環器にかかわる実態を調査すべく『厚労科研費補助金 がん患者に発症する心血管疾患・脳卒中の早期発見・早期介入に資する研究』を組織し、令和5年度から6年度まで2年間にわたって研究してきた。「調査を通じて、がん専門病院に勤務する循環器専門医が少なく、そこが問題になっている実態が明らかになった」と語った。同副学長は、がん診療連携拠点病院やがんセンター、がんプロ対象施設、拠点外病院などに分けながら、集計結果の一部を報告した。
まず問題として明らかになったのは、がんセンターにおける常勤の循環器医、心臓血管外科医の不足。特にがんセンターでは「1名」しかいない施設が46.7%、残り53.3%も「2~4名」であった。拠点病院やがんプロ、拠点外病院ではがんセンターほど不足しているわけではないが、小室副学長は「がんは多くの診療科が診るが、それらからコンサルトの要望がくれば大学病院のような比較的多くの循環器医師を擁する施設でも循環器に過度の負担がかかることになる」と問題を訴えた。
腫瘍循環器医療の要といえる腫瘍循環器外来についての質問では、がんセンターでは週3日以上、がんプロでは半数の施設では週1日以上、腫瘍循環器外来が行われているが、拠点病院や拠点外病院ではほとんど実施されていないことが明らかになった。「腫瘍循環器外来を開設していない理由」を問うたところ、腫瘍循環器を専門とする医師の不在、循環器医の不足に加え、「通常の循環器外来で対応可能」という声が挙がった。
「がん治療前に心血管合併症を考慮するか」については、施設の違いや循環器医・腫瘍医の違いに関係なく、総じて関心が高い傾向が認められた。
小室副学長は調査から浮かび上がった課題克服のための対策として、①腫瘍医と循環器医、脳卒中医間でのコミュニケーションの強化、②専門医養成課程や医学教育課程において腫瘍循環器を学ぶことを推奨、③ハイリスクの抗がん剤投与時の心血管管理方法やフォローアップの時期などのガイドライン化、④がん治療専門施設と循環器病の急性期診療が可能な施設との普段からの連携体制の構築、⑤循環器医への過剰な負担を減らすためのツールの整備、⑥適切な腫瘍循環器医療が患者の予後に寄与することを証明するためのエビデンスの構築とそのための調査研究の継続、を挙げた。

