日常診療からのデータ収集体制の構築を 日常診療からのデータ収集体制の構築を

【腫瘍循環器の広場】では恒例となる編集委員の先生方による新春座談会を開催した。その内容を紹介する。話題は、腫瘍循環器をめぐる現状分析から、研究体制への拡充へと展開した。

参加された先生方

編集委員長

  • 小室一成 先生国際医療福祉大学 副学長、日本腫瘍循環器学会 前理事長

編集委員

  • 南 博信 先生神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 腫瘍・血液内科学分野 教授、日本腫瘍循環器学会 理事長
  • 佐瀬一洋 先生順天堂大学大学院医学研究科 環境と人間 臨床薬理学 担当教授
  • 窓岩清治 先生東京都済生会中央病院 臨床検査医学科 部長
  • 照井康仁 先生埼玉医科大学病院 血液内科 教授
  • 田村研治 先生島根大学医学部附属病院 腫瘍内科/先端がん治療センター 教授
  • 田村雄一 先生国際医療福祉大学医学部 循環器内科学教室 教授
  • ―― 日本腫瘍循環器学会が発足し、2018年11月に第1回の学術集会(会長:畠清彦・国際医療福祉大学三田病院血液腫瘍センター長)が開催されて、今年は7年目になるわけです。腫瘍循環器について医療関係者の間で広く認知されてきたと評価してよろしいでしょうか。
  • 小室
    小室一成先生
    残念ながら腫瘍循環器の認知度はまだまだ十分とは言えないと思います。循環器や小児科の医師の間ではその重要性が広く知られるようになってきたと思うのですが、抗がん剤を処方する腫瘍医ではまだその浸透は不十分と言わざるを得ない状況です。
    私が医学部の学生だったころから循環器領域ではアドリアマイシン心筋症の存在はよく知られていましたが、腫瘍医の中には「アドリアマイシンの使用が心筋症を引き起こすとは知らなかった」と話す方もいまだにおられます。がんの領域でも乳がんの先生は抗HER2療法を介して比較的知られてきましたが、ほかの領域のがんの先生方は知らない方が多い。
    厚労科研の調査でも同様の結果が出ています。循環器医に比べて、腫瘍医の認識が驚くほど低い。
  • 南博信先生
    腫瘍医にとっては耳が痛い指摘ですが、腫瘍医はみな頑張っています。コミットすると良いことは分かっています。前向きな臨床試験を行って、良いデータを出し、患者さんのメリットになることを証明できるとなれば、一生懸命になれます。
    一方で、今がんの領域はさまざまな新しいモダリティ、例えば分子標的治療薬、ゲノム医療、免疫療法などが登場していて、医師の興味が分散されてしまう傾向にあります。好奇心を刺激され、興奮の時代ですが、見方を変えるとキャッチアップに四苦八苦している状況でもあります。
    個人の努力や関心に依存することは限界に来ています。まず腫瘍医と循環器医が手を携えて、どこに介入すれば最も効果的か、言い換えると研究テーマに優先順位をつけていくべきときかと思います。

学際分野としての腫瘍循環器の重要性

  • 窓岩
    窓岩清治先生
    腫瘍循環器のデータの蓄積はかなり進んできたと思います。さまざまなマーカーと画像診断のアルゴリズムも完成しつつあると言えます。しかし、がんやその治療に伴って好発する血栓についてはまだまだという印象です。近年、Stroke Oncologyの領域も立ち上がり、学際分野、特に血管に関係した領域に重要性は今後、増大していくことになると考えています。血栓のリスクを評価するKhoranaスコアではBMIが重要な因子であることが明らかになっています。となれば欧米で確立したスコアを日本人に外挿できるかどうかは日本人の臨床研究やデータを収集して、検討していかなければならないことは明白です。特に、がん治療を始める前に、VTEの発症リスクを評価していくことが求められており、そうした検討は早急に幅広く行う必要があります。
  • 血栓症やQTc延長、不整脈など、腫瘍医の周囲にも未解明のテーマがたくさん存在しています。こういうところには腫瘍医も積極的にかかわっていく必要がありますね。
  • 佐瀬
    佐瀬一洋先生
    腫瘍循環器については、日本は世界をリードしていける環境にいることを知っておく必要があります。学際領域として重要であり、とりわけ心疾患もがんも加齢とともに発症リスクが高まる疾患ですから、必然的に腫瘍循環器も高齢者医療の重要なテーマとなります。そして何よりも日本は世界に先駆ける高齢化先進国です。そして腫瘍循環器にかかわる豊富な経験と知見を集積しています。今後、これらのデータを解析して、予防や治療に高めて世界に発信していくことができる最も有力な国です。
  • ―― 腫瘍循環器学の歴史は、米国テキサス州にあるMDアンダーソンがんセンターで世界に先駆けてonco-cardiology unitが誕生した2000年にさかのぼることができ、これを契機に欧米のがん拠点病院を中心に腫瘍循環器の問題を扱う施設が増えていったという経緯があります。2012年には国際腫瘍循環器学会(Global Cardio-Oncology Summit: GCOS)が設立されました。日本は後発でしたが、世界をリードする資源をもつ立場にあるということですね。そのためにまず何をすればよいでしょうか。
  • 佐瀬 まずデータを出していくことです。学会としてVTE対策として低分子ヘパリン、アドリアマイシン心筋症の治療薬としてデクスラゾキサンの承認を要望してきましたが、厚生労働省を説得するための十分なデータを示すことができませんでした。臨床現場で抱えるさまざまな問題について臨床研究を組んで、がん患者さんが循環器疾患により被る不利益を減らしていけるような建設的なデータを出していくことが重要です。

免疫チェックポイント阻害薬登場と腫瘍循環器

  • 田村(研)
    田村研治先生
    腫瘍医の立場から、この問題に発言します。腫瘍医の関心をこの腫瘍循環器に向ける契機となり得るのが免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の普及だと思います。最近のがん診療最大のトピックスは周術期の乳がん、肺がんにICIが入ったことです。ICIには重篤な心筋症が起こり得ること、しかも治癒可能な段階の患者に発症することの重大性を考えると腫瘍医にとっても無関心ではいられません。
    逆に、ICI心筋炎という重篤なイベントを介して腫瘍医と循環器医のコミュニケーションが成立しやすくなったという側面もあります。腫瘍医の関心が薄いというご指摘がありましたが、ICIを契機に腫瘍医の関心が高まってくるのではないかと期待しています。特に新規の分子標的治療薬の中にも心血管イベントに注意を要する薬剤が少なくありません。
  • 照井
    照井康仁先生
    腫瘍医がもっと血管に注意を払うべきというのはまったく同感です。特に私が専門とする血液がんの薬物療法では、until PD(progressive disease)といって、“効いている間はしっかり使う”ことが基本です。非常に長期に使うことによって腫瘍循環器に関係したリスクが増えてきます。事前にリスク評価ができるのはよいことです。私の大学の循環器の医師はCHIPによって心血管リスクが層別化できるのではないかと話していますが、そうした可能性の追究は非常に大切だと思っています。
  • 田村(雄)
    田村雄一先生
    ICI心筋炎については関心が広まっていることは事実だと思います。しかし、講演に出向いてみるとあまり注意を払っていないという医療機関も散見されます。腫瘍循環器をめぐる関心は二極化していると感じています。関心が薄い医療機関に注意を喚起するためには、早い話、管理指導料などの保険上の配慮がなされることだと思いますが、それにはまだ時間もかかり、待っているわけには行きません。
    逆にICI心筋炎の恐ろしさが喧伝されるあまり、治療中断に至るケースが多いことにも注意を払うべきだと思います。ICI治療の中断は多くの場合、がん治療の中断を意味するわけですから、それでいいのかを慎重に検討していくべきです。適切なやむを得ない治療中止なのか、それともそうではないのか。一番重要なことは重症化を防ぐための介入方法が確立しないことです。欧州循環器学会(ESC)のガイドラインではトロポニンの測定が推奨されていますが、適切なスクリーニング方法についても検討が十分ではありません。我々の国内データの検証でもトロポニンが上昇しても心筋炎が起こらないケースも珍しくないのです。トロポニンが上昇したからといってICIの治療をおしなべて中断していては患者にとっての有意義な治療機会を奪うことになりかねません。

戦略的・国際的なデータ収集体制の構築を

  • 小室ICI心筋炎の臨床研究の難しさは、起これば重篤な転帰をたどるが、その割合が100人につき1人から2人などきわめて低いというところにありますね。戦略的なアプローチが求められます。
  • ICI心筋炎について、いまから前向きデータを取るということは現実的ではありません。日常診療を通じてレトロスペクティブなデータを集め、それを解析して診療ガイドラインなどに結びつける体制を作っていく必要がありますね。これはICI心筋炎に限らず、腫瘍循環器にかかわる問題すべてのアプローチに言えることかもしれません。
  • 佐瀬腫瘍循環器の問題には国際的な視野をもって臨むことが大切です。そのためにはグローバルな試験に積極的に参加するということも考えてよいと思います。シドニー大学の根岸一明先生(内科学教授)が心エコー図にかかわるグローバルトライアルを呼びかけています。こうした企画に積極的に参加することも重要です。何しろ日本は世界に先がけて知見を集積している国であることは間違いありません。
  • 小室最後にGCOS総会を日本に誘致する計画についてお話しいただけますか。
  • 佐瀬GCOSに昨年11月末に日本が開催地となることの申し出を行いました。2027年に日本で開催したいと思っています。開催されれば、アジア、太平洋地域で初めてのGCOS総会の開催となります。日本国内の医師に腫瘍循環器の重要性を周知してもらう好機にもなると考えています。