「腫瘍医はもっと腫瘍循環器学の重要性を認識すべき」南博信理事長が呼びかけ「腫瘍医はもっと腫瘍循環器学の重要性を認識すべき」南博信理事長が呼びかけ

第7回日本腫瘍循環器学会学術集会が8月3日から2日間にわたって、アクリエひめじ(兵庫県姫路市)を会場に開催され、irAE心筋症への対策、多職種連携やアントラサイクリン心筋症などをめぐり最新の研究成果と課題が討議された。日本腫瘍循環器学会理事長で今大会の会長を務めた南博信氏(神戸大学大学院教授、写真)は会長講演のなかで、「我が国で腫瘍学と循環器学の診療・臨床研究協力体制を一層強化する必要があり、とりわけ腫瘍医は循環器医に比べ腫瘍循環器学への関心が低いことが問題であり、そこを改めていく必要がある」と強調した。本稿では、今大会で特に注目を集めたトピックスを速報する。

学術集会会長・南博信氏
学術集会会長・南博信氏

腫瘍循環器学は循環器研究の新しいプラットフォーム

Javid Moslehi氏
懇親会でのJavid Moslehi氏

腫瘍循環器学の柱の一つといえるテーマが免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の使用に伴う重篤な心筋症(irAE心筋症)だ。irAEとしての心筋症の発症率は1%と低いものの、発症した場合の致死率が20~50%と高い。今回の学術集会ではirAE心筋症の世界的な権威であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)医学部の教授でCardio-Oncology & ImmunologyのSection Chiefを務めるJavid Moslehi氏が来日、講演した。

Moslehi教授は、「腫瘍循環器学は循環器研究の新しいプラットフォームであり、がんと循環器疾患で引き起こされる細胞内シグナル伝達の変化を追究することで、循環器疾患の未知のシグナル伝達経路の同定が可能になり、それが革新的な治療薬の開発につながる」と強調した。また、irAE心筋症はICIの働きによって免疫寛容を逃れたT細胞が心筋細胞を攻撃する病態であり、その発症機構を解明するためにはT細胞が標的とする心筋上の抗原の同定が重要であるとの見解を示した。Moslehi教授らの研究グループによる検討ではその抗原としてαミオシン(Mhy6)が有力であると報告した。

軽症のirAE心筋症では治療継続が可能

irAEは多くの臓器に及ぶが心筋症は前述のとおり、発症率は低いがその重篤な転帰から、検知されると即座にICI投与を中止する施設が多い。一方で、多くのがん患者にとってICI治療が最後の望みでもある。大会の前日(8月2日)にirAE心筋症をテーマに同会場で開催された「がんプロ腫瘍循環器セミナー」では、国際医療福祉大学循環器内科の田村雄一教授らは、「軽症ならば治療継続が可能」と強調した。田村教授らは、ICI使用時の心血管障害を前向きに検証するために定期的スクリーニングプロトコルを作成し、ICI投与患者全例にスクリーニングし、意義を検証するプロジェクトを実施してきた。ICI心筋症の定義と重症度については米国臨床腫瘍学会(ASCO)の定義(表)に従い、検証した。

表 ASCOガイドラインにおけるirAE心筋症の定義と重症度

症状の程度
軽度 中等度 重度
Grade 1 Grade 2 Grade 3 Grade 4
心電図異常を含む
心臓バイオマーカー
検査の異常
軽度の症状を有する
スクリーニング検査
異常
軽度の活動性を伴う、
中等度の検査異常
または症状
中等度~重度の
非代償性心不全、
Grade 1~3の検査異常を伴う致死的状態
症状の定義:胸痛・不整脈・動悸・末梢性浮腫・進行性あるいは急性発症の呼吸苦・胸水・倦怠感などの兆候や症状がある(Brahmer JR, et al.: J Clin Oncol. 36(17): 1714-1768, 2018

その結果、ASCOガイドライン定義の約27%(126例中34例)に心筋炎を認めたが、致死的なイベントはなかった。心筋炎の所見は治療開始早期に発現を認める傾向があった(中央値44日)。

Grade 1~2の心筋炎ではwatchful observationにより93%の症例でICIによる治療が継続可能であった。「irAE心筋症を恐れるあまり多くの施設では、Grade 1~2でも治療を中止してしまう。しかし、その重症度ならば治療が継続できることを医療施設では知ってほしい」と訴えた。

さらに重症のGrade 3でのみtroponin-Iに先行してCK上昇を認めたことから、田村教授は「CKが重症心筋炎の早期バイオマーカーである可能性が示唆された」と述べた(Furukawa A, Tamura Y, Taniguchi H, et al.: J Cardiol. 81(1): 63-67, 2023)。

田村教授は、バイオマーカーよりもさらに役立つものとして患者が自覚する“強い体のだるさ”を挙げた。同医師はICIを投与する前に、治療中に強い体のだるさを感じたら、すぐに病院に連絡するように患者には指導しているという。「循環器医は患者から体のだるさを聞くことが多いが、『じっとしていられない、身の置き所がない』などの今まで経験したことのない強い体のだるさを自覚した場合は心臓に影響が出て血液が全身に送れないための体のだるさであることがある」として、このようなだるさの自覚が血液バイオマーカーよりも発症の早期発見に役立つ可能性があると指摘した。

心筋症予防薬の候補が続々と報告

がん治療に伴う心筋症にはICI以前から抗HER2抗体、アントラサイクリンが注目されている。これらの心筋症を抑制、あるいは予防する治療薬候補の報告も相次いだ。

順天堂大学医学部乳腺腫瘍学講座の佐々木律子助教らが、抗HER2抗体のトラスツズマブが誘発する重症心筋症の治療にカリクレイン5に対する阻害薬が有望と報告した。佐々木助教らはこの心筋症には発症する患者としない患者が存在することに注目し、この個人差の分子メカニズムを明らかにすることで、治療標的の探索を試みた。心筋生検の困難さを克服するために末梢血からiPS細胞由来心筋細胞モデル(iPSC-CMs)を樹立し、未発症対照群と比較検討したところ、発症群ではトラスツズマブ添加に応じてカリクレイン5/8遺伝子の発現が亢進することを確認した。カリクレイン5/8遺伝子経路が炎症経路に関係していることから、カリクレイン5アンタゴニストを投与したところ、炎症経路の活性化が抑えられることを確認した。

九州大学大学院医学研究院循環器内科・学術研究員の池田昌隆医師は、アントラサイクリン心筋症の核心的な病態基盤がフェロトーシスであるとしてそれを緩和するために5-アミノレブリン酸(5-ALA)が有効であるとの研究結果を報告した。フェロトーシスは細胞死の一種で、鉄依存性に生じる脂質の過酸化で誘導される。アントラサイクリンは鉄と結合し、生成した複合体が細胞の脂質二重膜を酸化するという。5-ALAはアントラサイクリンによるミトコンドリアへの鉄の蓄積やフェロトーシスを抑制することを池田医師は見出している(Abe K, Ikeda M, Ide T, et al.: Sci Signal. 15(758): eabn8017)。同医師は5-ALAが海外において心毒性の予防薬として標準治療となっているデクスラゾキサンよりもいくつかの点で優位性があるとして、臨床試験に向けPMDAとの協議に臨んでいることを明らかにした。

5-ALAはすでにサプリメントとして販売されているが、池田医師は多くのサプリメント製品には5-ALAとともに鉄が含有されており、アントラサイクリン心筋症を対象とする場合は5-ALA単独の医療グレードの製品を用いるべきと注意喚起も行った。

東京大学大学院医学研究科循環器内科学の赤澤宏講師は、アントラサイクリン心筋症のメカニズムについて、「ミトコンドリア内の鉄濃度上昇に伴う酸化ストレスの増大が最も重要だが、ほかにも多様な反応が関与しており、その全貌は明らかでない」と述べた。その赤澤講師のグループは最近、細胞間伝達物質として注目されている細胞外小胞(EV)がアントラサイクリン心筋症の増悪因子として機能する可能性に注目している。

EVは細胞が分泌する脂質二重膜で包まれた微小な小胞のこと。内部にDNA、RNA、酵素タンパク質などの情報物質を保有し、受け取った細胞への情報伝達を仲介しているとされる。本来は細胞間の微妙なバランスを調整し、恒常性の維持に役立っているとされるが、ときに有害事象を増幅させるなどの働きをすることもある。

赤澤講師らは、がん細胞が薬物療法で破壊された際に血液中に放出されたEVが心筋に到達し、心筋の機能を損なう可能性について研究している。アントラサイクリン心筋症におけるEVの介在が明らかになれば、EVの働きを阻害する新しい予防薬開発の必要性が出てくると期待される。「将来は、がん薬物療法の効果を妨げることなく、心筋症のみを抑制する分子標的の同定が大切になる」と同講師は指摘した。

米国では常態化したiPS細胞による心毒性の予測

国立医薬品食品衛生研究所薬理部の諫田泰成部長らは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞によって抗がん剤の心毒性を評価するin vitro評価系を確立している。ドキソルビシンやチロシンキナーゼ阻害薬による心毒性を予測できることを示すと同時に、医薬品の有害事象データベースと非常に良好な相関を示すことを確認した。加えて、遺伝子の転写状況を網羅的に解析するトランスクリプトーム解析を行ったところ、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の収縮と良く相関する遺伝子のクラスターを発見したという。

米国では新薬の心毒性リスク評価にiPS細胞由来心筋細胞を用いる動きが活発化しており、諫田部長によると、すでに100件の薬剤がこの方法を利用して薬事申請されており、その半分が抗がん剤であるという。抗がん剤の臨床評価には心機能が低下している患者を除外することが多い。一方で、心不全の治療薬の臨床評価ではがん患者が対象とならないことが普通だ。このため、承認されてから重篤な心機能障害などが発見されることも起こり得る。iPS細胞由来心筋細胞の評価技術の確立は、創薬における腫瘍学と循環器学のギャップを埋める技術として注目される。

今回の学術集会では、京都大学iPS細胞研究所と武田薬品の研究グループがiPS細胞由来心筋組織と機械学習を援用してドキソルビシン誘発サルコメア損傷を減弱する化合物をスクリーニングした結果を報告している。

増え続けるエコー検査の対策は

腫瘍循環器への関心の高まりとともにエコー図検査の件数が急増しており、検査現場における人員窮乏を加速させていると指摘されている。また、近年になってより早期の治療関連心筋障害(CTRCD)をみつける方法としてGLS(global longitudinal strain)が注目されており、その対応も急務となっている。Onco-cardiologyガイドライン(2023年3月10日発行)でも、「がん薬物療法中の患者の定期的な心エコー図検査でGLSの計測が推奨されるか?」というクリニカルクエスチョン(CQ1)に対しても弱い推奨ながら推奨されるとしている。

国立がん研究センター東病院臨床検査部の村田桃子・臨床検査技師は、同院の心エコー図検査件数が2018年に2,479件だったが5年後の2023年には倍の4,762件に達したと報告した。さらにがん患者の静脈血栓塞栓症(VTE)が非がん患者の4倍に達することから、下肢エコー件数も急上昇しており、2018年の473件から2023年には1,839件になったという。

そこで、同院では対策として心エコーレポートシステムを改善、特記すべき所見を最初に記載し、グラフや画像を導入して可視化し、レポートでGLSの減少が認められた段階で即時報告するシステムを採用している。下肢エコーについては、マニュアルを作り、全技師が対応できる体制を整えた。またDDダイマー値による除外基準を定め、必要度の低い下肢エコー検査をできる限り実施しないで済むようにした。そのうえで週1回、朝の30分ほど集まり、技師主体のカンファレンスを実施し、症例の検討や種々ガイドラインのレクチャーなどを行い、知識の共有化とアップデートに注力しているという。

小さなチーム医療と大きなチーム医療

ここ数年、医療現場でもスタッフ不足を訴える声が増えている。その中で腫瘍循環器という新領域の活動を推進していくためには、軋轢や逆風を伴うことも覚悟しなくてはならない。「腫瘍循環器という文化風土がないなかで難しい」「腫瘍循環器という概念を知っている同僚が一人もいない」などの声も聞かれ、ともすれば医療機関内で孤立せざるを得ない会員の実情が垣間見える発表も少なくなかった。

早くから県下全域に目配りしたチーム医療を推進してきた新潟県立がんセンター新潟病院腫瘍循環器科・内科部長の大倉裕二医師は、腫瘍循環器のチーム医療についてがんの状態や心臓病の程度に応じて、「小さなチーム医療」と「大きなチーム医療」を使い分ける必要があると提案した。分子標的治療薬などが引き起こす血圧上昇やがん関連静脈血栓症では施設内の「小さなチーム医療」で対応が可能であるが、急性冠症候群や重症肺塞栓症、重症心不全や劇症型心筋症では施設間の連携を含む「大きなチーム医療」が必要になると強調した。

アントラサイクリン心筋症の早期発見や早期治療は院内規模の小さなチーム医療で対応する。また、がんと心不全を抱える患者は、がん治療の中断・中止によるがん増悪の恐れや、心不全急性増悪や突然死に対する恐れなど、複合的な不安にさいなまれており、多職種による患者のケアが不可欠と指摘した。

一方で、大きなチーム医療の好例としてICI治療中の患者の劇症型心筋炎(irAE心筋症)を挙げた。発症すると多くのケースで重篤な転帰となるirAE心筋症については、発症してから専門医療機関に連絡していては手遅れになる可能性が高い。そこで「平時より発症を前提に大学病院などの専門機関と相談し、緊急時に患者を受け入れてもらうなどの即応体制を整備しておくことが重要」と指摘した。新潟県では2020年より新潟腫瘍循環器協議会(OCAN 2020)を組織し、施設間の密な連携を維持している。大倉医師は「irAE心筋症は地域医療連携の大切なテーマになる」と指摘、irAE心筋症への対応を通じて、より盤石な地域連携の構築を進める好機と語った。

「日本におけるエビデンス創出を」南理事長が訴え

学術集会2日目に会長講演を行った南博信理事長(神戸大学大学院医学研究科腫瘍・血液学教授)は、「日本人において腫瘍循環器を充実させ、より安全に効果的ながん医療を進めるためには、日本人を対象にした臨床研究やそこから生まれた課題を解決するための基礎研究を重ね、日本独自のエビデンス創出が必要」と会員たちに檄を飛ばした。

南理事長は「アントラサイクリンによる心不全は45年前から知られているが、未だにがん治療の大きな障壁となっている」と腫瘍循環器学の遅滞を指摘した。がん治療に伴う循環器疾患について以前は不可逆的とみられていたが、「早期発見・早期治療により可逆的な集団があることも分かってきた。しかし、どのように発見し、どのように介入すべきかが分からない」と現状を嘆いた。

アントラサイクリンや抗HER2療法以外にも多くの分子標的治療薬、ICIが多彩な心血管毒性を起こす。しかも、がん治療が終了した後でも心血管毒性のリスクが続く。昨年、欧州心臓病学会(ESC)による詳細で大部なガイドラインが刊行されたが、南理事長は「立場上、このガイドラインをすべて読んだが、目を通すのに1週間ほどの時間を要した。一方で、日本臨床腫瘍学会(JSMO)と日本腫瘍循環器学会(JOCS)が共同で刊行したOnco-cardiologyガイドラインはエビデンスが乏しく、CQもエビデンスのあるものが中心で記載も限定的である。現場で活用するためにはESCのガイドラインとJSMO/JOCSのガイドラインの中間的な日本語のガイドラインが欲しい」と述べた。

また、治療については海外ではアントラサイクリン心筋障害発症抑制剤にデクスラゾキサン、血栓症の治療にダルテパリンが使えるが、日本ではがん治療に伴う疾患の適応が得られないことから、保険診療のもとでは使用できないことが問題になっている。また低分子ヘパリン(LMWH)も承認されていないなどドラッグラグの問題を抱えている。南理事長は「学会もこれらの薬の早期承認に向けて努力している。しかし、一方で海外の臨床データが我が国に外装できないこともある」などの問題もあることから、我が国が主導した臨床研究からのエビデンス創出が必要であり、そのために腫瘍学と循環器学の診療・臨床研究協力体制を強化する必要がある」と語った。同時に日本腫瘍循環器学会は会員数で腫瘍医の数が循環器の半分に過ぎないなど腫瘍医の“劣勢”が続いている。南理事長は「腫瘍医はもっと腫瘍循環器学の重要性を認識すべきである」と訴えて講演を締めくくった。