アントラサイクリン系抗がん剤の使用に際して心毒性が大きな問題になることは腫瘍循環器の世界ではもはや常識といえる。化学メーカーの東レが得意とする高分子化学を駆使して、薬剤の腫瘍集積を高めることによってアントラサイクリン系抗がん剤による心毒性を回避することに成功した。同社は製薬会社との連携を望んでいる。
アントラサイクリン系抗がん剤の心毒性を回避するために、欧米ではアントラサイクリン系薬剤を抜いた新規レジメンを開発するなどの動きがみられるが、しかしこの薬剤は言うまでもなく、乳がんや卵巣がん、造血器腫瘍など多くのがん治療におけるキードッラグであり、抜いて治療することは困難となっている。
そこで東レ医薬研究所のグループは、アントラサイクリン系薬剤であるテトラヒドロピラニルドキソルビシン(THP)に高分子ポリマーを結合させた新規薬剤TXB-001の開発に成功している。TXB-001はTHPと高分子ポリマー(poly HPMA)が機能リンカー(ヒドラゾン結合)を介して結合した構造となっている。THPはがん細胞に認識されるピラニル構造をもち、poly HPMAはがん組織に集積しやすいサイズをもつ。リンカーは、弱酸性の環境において切断されやすいが、がん細胞の内部は弱酸性であるために、がん細胞の内部に取り込まれると切断されやすい。
がん組織をとりまく血管は正常血管に比べ、透過性が高くなっている。投与され血管内に入ったTXB-001は、血管壁を透過して、がん細胞内部に入ると、弱酸性下でリンカーが切断され、活性化型のTHPががん細胞内に遊離してくる。この結果、殺がん効果を発揮する。一方、心臓などの正常組織の周囲の血管にとってはpoly HPMAはサイズが大きく、結果的にTXB-001は透過しにくくなっている。
以上の仕組みからドキソルビシンを内包したTXB-001は、正常な血管を介して正常な組織には進入せず、透過性が高まった(leakyな)血管をもつがんに選択的に薬剤が集積することになる。東レ医薬研究所のグループは東京慈恵医科大学や帝京大学の研究者らとの協力を経て、担がん動物モデルでTXB-001ががん組織に集積することを確認した。
今後は臨床評価を通じて実用化を目指すことになるが、同社はそのために製薬会社との提携を望んでいる。