腫瘍内科医らが組織する日本臨床腫瘍学会[理事長:南博信(神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 腫瘍・血液内科学分野 教授)]の第21回学術集会[会長:岩田広治(愛知県がんセンター副院長 兼 乳腺科部長)]が2月22日から24日まで名古屋で開催された。合同シンポジウム3として日本循環器学会と日本臨床腫瘍学会による、腫瘍循環器のガイドライン刊行の意義と今後の課題を討議する『Onco-cardiologyガイドライン~新しいステージへ向けての橋頭堡』が選ばれた。
昨年(2023年)、日本臨床腫瘍学会と日本腫瘍循環器学会が中心になってガイドラインが刊行されたことは周知の通りであるが、集会初日の本シンポジウムで司会を務めた東京大学大学院医学系研究科循環器内科学講師の赤澤宏氏は「ガイドラインは腫瘍循環器学にとって橋頭堡といわれている。橋頭堡とは岸の近くで渡ってきた部隊を守り、以後の攻撃の足場とする地点。腫瘍循環器はまだエビデンスも少なく、その前提となる臨床研究の実績も乏しいが、まさにガイドラインの刊行は橋頭堡の構築と呼ぶにふさわしい出来事」と語った。
シンポジウムは、東京慈恵会医科大学附属病院血液・腫瘍内科教授の矢野真吾氏、順天堂大学大学院医学研究科臨床薬理学/早稲田大学医療レギュラトリーサイエンス研究所教授の佐瀬一洋氏、虎の門病院臨床腫瘍科医長の田辺裕子氏、神戸大学大学院医学研究科総合内科学部門准教授の乙井一典氏、国立国際医療研究センター病院乳腺・腫瘍内科医長の下村昭彦氏、埼玉県立がんセンター副院長の岡亨氏らが講演し、がん研有明病院乳腺内科部長の高野利実氏が赤澤宏氏とともに司会を務めた。
ガイドライン委員会の委員長を務めた東京慈恵医科大学附属病院血液・腫瘍内科教授の矢野真吾氏は講演に先立って、次回の改訂に際しても引き続き委員長を務めることを明らかにした上で、「最初のガイドラインはMindsにこだわり過ぎた」と反省点を口にした。
次回ガイドライン改訂のポイントは
Mindsは文献調査によってエビデンスレベルを評価し、あらかじめ設定されたクリニカルクエスチョン(CQ)に回答する、ガイドライン作成の標準的な手法。しかし、エビデンスが少ない腫瘍循環器領域でMindsに“こだわり過ぎた”結果、臨床現場における実際の診療の指針としてもの足りないものになったというのが矢野氏の指摘だ。
矢野氏は、「次回の改訂では心血管イベントを認めた患者における治療継続の是非の見極め、エコー検査の実施や腫瘍医から循環器医へのコンサルトのタイミングなども明確にすべき」との方針を示した。また、現在のガイドラインでは取り上げることができなかった不整脈についても項目を新設する意向を強調した。
腫瘍医と循環器医の役割分担の大切さ
さらに「ガイドラインの改訂を通じて、腫瘍医と循環器医の役割分担を明確にし、循環器医に過度な負担がかからないように考慮する」ことの重要性も強調した。腫瘍循環器学の重要性が認識されるにつれて、循環器医へのコンサルトが増えてきたのは良いことだが、腫瘍医は内科から外科、乳腺科、消化器科、泌尿器科など多岐にわたっているのに対し循環器医は循環器内科にしかいないことから、腫瘍医からの相談が殺到した場合、循環器診療自体が機能不全に陥るのではないかとの懸念も広がっている。
絶え間なく寄せられるコンサルト依頼によって循環器医が疲弊する事態を回避することも腫瘍循環器という学際領域のガイドラインを作成する意義と矢野氏は指摘した。
患者アドボカシーの反映を
赤澤氏は次回のガイドライン改訂に向けて患者の視点を取り入れることの重要性を指摘した。「今回の学術集会でも患者が参加するセッションが設けられており、こうした患者アドボカシーの尊重ががん関連学会の特徴。次のガイドラインでは患者の声を取り入れることも検討されて良いかもしれない」と述べた。また臨床現場が遭遇する問題を幅広く取り上げるために、具体的なCQを学会員から募集することも考慮してはどうかと提案した。
ガイドラインの作成は、必要なコストを診療報酬に反映するための布石にもなる。実際、十分な診療を進めようにも、診療報酬の後ろ支えが十分ではないケースも目立つ。この日、佐瀬氏は、「腫瘍循環器への診療報酬上の評価がまだまだ低く、例えば有効性が証明されてはいない腫瘍循環器リハビリテーションが非常に遅れている」と指摘した。