腫瘍循環器はがん治療の新しいパラダイム 臨床エビデンスの蓄積が重要

「腫瘍循環器の広場」の第1回編集委員会が8月18日にウェブ形式で開催された。編集委員は腫瘍と循環器の専門家であり、各委員にこの新しい学際領域に抱く思いを語っていただいた。

出席

  • 編集委員長小室一成先生(東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学)
  • 編集委員南博信先生(神戸大学大学院医学研究科内科学講座 腫瘍・血液内科学分野)
  • 編集委員佐瀬一洋先生(順天堂大学大学院医学研究科 環境と人間 臨床薬理学)
  • 編集委員窓岩清治先生(東京都済生会中央病院 臨床検査医学科)
  • 編集委員照井康仁先生(埼玉医科大学病院 血液内科)
  • 編集委員田村研治先生(島根大学医学部附属病院 腫瘍内科/先端がん治療センター)
  • 編集委員田村雄一先生(国際医療福祉大学医学部 循環器内科学教室)

※欠席 編集委員 赤澤宏先生(東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学)

  • 小室
    小室一成先生
    本日は『腫瘍循環器の広場』の記念すべき第1回の編集委員会ということになりました。最初に先生方に腫瘍循環器との接点を語っていただきたいと思います。まず私から口火を切らせていただきます。私はこの腫瘍循環器が重要な領域になると確信して、日本腫瘍循環器学会を設立いたしました。
    がん治療が進歩して治癒も期待できるようになってきました。一方で、治癒もしくは長期生存ができた患者さんの中には心血管系に障害が出現するケースも目立ってきました。またがん患者が多い高齢者の多くが基礎疾患として循環器障害をもっていて、十分ながん治療に支障が出ることも珍しくありません。こうした状況を改善したいと思い学会を立ち上げたわけです。
    腫瘍循環器をどのように発展させていけばよいのか。予防法はあるのか。ガイドラインを作成する必要もあります。なぜ抗がん剤が心筋障害を起こすのかなど基礎研究も必要です。課題は山積していますので、学会あるいはこのサイトを通じて正解を追究していければと考えています。

がん治療医と循環器医の連携の大切さ

  • 南博信先生
    私はがんの専門医ですが、現在、話題となっている分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場する前から心筋症、たとえばドキソルビシン心筋症の対応に頭を悩ませてきたことから問題意識をもっていました。10年以上前には海外からこの分野の専門家をお招きして講演いただきましたが、それが全くといってよいほど反響がなくて、がっかりしました。今では循環器の先生方にも興味をもっていただき隔世の感があります。
    がんの治療では血管内皮増殖因子(VEGF)の阻害薬をよく使うのですが、これには高血圧の副作用があります。われわれがんの専門医でもアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)やカルシウム拮抗薬は使いますが、βブロッカーとなると躊躇することもあります。循環器の先生方との連携が必要です。また肥満の程度など循環器疾患の危険因子は日米欧で同じではありません。腫瘍と循環器の研究者が協力して日本から新しい研究結果を発信していく必要性を感じています。

新たなエビデンスを日本から発信

  • 佐瀬
    佐瀬一洋先生
    私は循環器を専門としていますが同時にユーイング肉腫のサバイバーでもあります。この新しい学際領域は若い先生にとっても大きなチャンスだと思っています。これまで臨床研究でも双方の疾患を合併している患者は除外されてきましたから、疫学、臨床、基礎のいずれもたくさんの未解明なテーマがたくさんあります。循環器のバイオマーカーであるBNPや左室駆出率(EF)が腫瘍循環器でも使うことができるのか、それが正しいのかそれ1つとっても答がでていないテーマです。基礎研究はもちろん、症例レジストリの構築やリアルワールドデータ(RWD)など、世界に向けて発信できるテーマの宝庫だと思っています。
  • 窓岩
    窓岩清治先生
    私の専門は血栓止血学です。がん治療を受けている患者さんは血栓症を起こすことが多く、播種性血管内凝固(DIC)も珍しくありません。がん患者さんに合併する血栓症を診断するタイミングや介入の方法などまだ課題が多いテーマです。現在ガイドラインを作成していますが、日本と外国との差も小さくありません。例えば、海外ではエビデンスも実績もある低分子ヘパリン(LMH)が日本では使用が認められず、代わりに直接作用型経口凝固薬(DOAC)の使用が普及しています。この問題をどのように考えるかも課題だと思っています。
  • 照井
    照井康仁先生
    私はがん研有明病院(東京)から埼玉医科大学に移りましたが、印象的なのは埼玉医科大学病院に来院する高齢者の多さです。造血器腫瘍の治療に際しても血栓や心機能を検査してから治療を始めるようにしていますが、高齢者が多いので益々必要性が高いと思われます。アントラサイクリンは白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫の基本的で重要な治療薬ですが、用量など工夫を重ねながら治療しています。
  • 田村(研)
    田村研治先生
    私の所属する腫瘍内科/先端がん治療センターは主に周術期や進行期のがん患者さんを診ています。循環器の障害の発生を防ぐためにはどのような検査をどのような間隔で行っていけばよいのかをエビデンスを重ねて明らかにしていきたい。臨床研究の結果をぜひガイダンスにまとめチーム医療の中で活かしていきたいと考えています。
  • 田村(雄)
    田村雄一先生
    私の元来の専門は肺高血圧で抗がん剤による薬剤性の肺高血圧症を経験することも多かったのですが、近年はがんの診療にかかわる先生方から分子標的治療薬の使用に伴う循環器障害のコンサルトを求められるケースが増えてきました。そこで4年前にがん心臓外来(腫瘍循環器外来)を毎日開設し、スタッフ4人で対応しています。心筋炎を起こすことがあるトラスツズマブなど、問題となるがん治療薬の循環器障害についてはマニュアルを作成し、共通化したスクリーニングプログラムを走らせています。現在、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の助成を受けて、免疫チェックポイント阻害薬による心筋症のリスクファクターの研究を進めていますが、こうした結果を日本から世界に発信していきたいと考えています。

院内スタッフの強化も重要

  • 小室 東京大学病院でも腫瘍循環器の専門外来を開設しており、院内のコンサルト依頼も徐々に増えています。がんは多くの診療科が診ていますので、多くの診療科と連携していますが、実際は診療科によってバラツキがありますので、まだまだ広報に力を入れていかねばならないと思いを強くしています。皆さんの抱負を聞かせてください。
  • 神戸大病院でも循環器の超音波検査のグループが強い関心をもって協力して専門外来を設置していただきました。ドキソルビシンによる治療では心機能の検査が欠かせませんが、これまでは検査まで1~2ヵ月先でないと検査の予約がとれないこともありました。しかし、外来ができたおかげで数日以内に検査ができるようになりました。血圧が高い場合はその治療もしてくれます。発展させていきたいと思います。
  • 佐瀬 昨年はがん患者の心臓リハビリに関する総説を書く機会を得ることができましたが、現在は骨髄腫や肺がんにおける循環器疾患の論文を書いています。順天堂大学にも専門外来が開設されましたのでぜひ若い医師に活躍してもらいたいと考えています。
  • 窓岩 東京都済生会中央病院は都心にある病院で、近接する国立がん研究センター中央病院やがん研有明病院とともに、がんに合併する血栓症のカンファレンスを開催しています。11月には日本臨床検査医学会と日本検査血液学会との共催で関連するテーマのシンポジウムを企画しています。
  • 照井 埼玉医科大学病院ではその専門外来はないのですが、がんの治療医が心エコーや心筋シンチグラフィー検査などを自らオーダーして治療の参考にしています。ですので、今後、腫瘍循環器の活動を広げて腫瘍循環器の土台を作っていきたいと考えています。
  • 田村(研) がんの発症は年齢中央値が一丁目一番地であると思います。高血圧や血栓、虚血性心疾患の合併にはとくに注意する必要があります。島根大学は島根県全域のがん診療をカバーしていますので、地域医療のなかで腫瘍循環器をどのように実現していくかも重要な視点だと感じています。
  • 田村(雄) まだ新しい領域なので、フォローできる患者のキャパシティを増やすためにも、院内にさまざまな職種の味方を増やしていくことに注力したい。エコー検査技師の方々の理解を得ることが何よりも大切だと思います。外来フォローが効果を発揮した事例をスタッフ間で共有していくことも重要と考えています。
  • 小室 先生方、お忙しいところありがとうございました。