チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の登場で慢性骨髄性白血病(CML)の予後は大幅に改善した。その一方で、長期化するTKI治療に伴う有害事象のマネジメントの重要性が増している。なかでも心血管系有害事象(VAEs)はその筆頭であり、個々の患者のリスクに応じたTKIの選択と、それに応じた予防的介入を含むマネジメントが求められている。順天堂大学医学部附属順天堂医院ではCML診断時から血液内科と循環器内科が連携し、患者の診療を行っている。
CMLは今世紀初頭のBCR-ABL(breakpoint cluster region-Abelson)TKIの導入で劇的な変貌を遂げた疾患の一つだ。第1世代のイマチニブと比較してより早く奏効し、寛解も深い第2世代、第3世代のBCR-ABL TKIも開発されている。一方で、一度治療が始まると断薬することが難しく、多くの患者で長期にわたる薬物療法が必要になる。
順天堂大学医学部血液内科で約100名のCML患者を診療している髙久智生(たかく・ともいく)准教授(写真1)は「CMLの患者では心筋梗塞や脳梗塞を発症するリスクが上昇することが以前より知られていたが、使用するTKIのoff target effectによってそれらの発症リスクがさらに底上げされることが明らかになっている。特に、より効果が高い第2世代のニロチニブやダサチニブ、第3世代のポナチニブに心血管障害のリスクが高い。しかも、それらの発症リスクは薬剤の用量依存的、一部では時間依存的に高くなることが明らかになっている」と語る(表1)。
冠動脈疾患を予測するリスクスコアとして、国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)が作成した「吹田スコア」が有名だ。年齢、性別、喫煙、糖尿病、血圧、コレステロール、慢性腎臓病(CKD)などをもとに10年間の冠動脈疾患の発症を予測することができる。「しかし、CMLに特化したものではなく吹田スコアによってCML患者のリスクを完全に層別化することは困難である」と髙久准教授は指摘する。リスクを層別化できなければ適切なタイミングで介入することも困難になる。
表1 BCR-ABL TKIの心血管合併症
BCR-ABL TKI |
世代 | 商品名(先発品) | 製造販売元 | 注意すべき心血管合併症 |
---|---|---|---|---|
イマチニブ | 第1世代 | グリベック® | ノバルティス ファーマ | ・まれ |
ダサチニブ | 第2世代 | スプリセル® | ブリストル・マイヤーズ スクイブ | ・肺高血圧症 ・QT延長 |
ニロチニブ | 第2世代 | タシグナ® | ノバルティス ファーマ | ・QT延長 ・末梢動脈閉塞 ・虚血性心疾患 ・脳虚血性疾患 |
ボスチニブ | 第2世代 | ボシュリフ® | ファイザー | ・QT延長 |
ポナチニブ | 第3世代 | アイクルシグ® | 大塚製薬 | ・末梢動脈閉塞 ・静脈血栓塞栓症 ・うっ血性心不全 ・虚血性心疾患 ・脳虚血性疾患 ・高血圧症 |
決め手は腫瘍循環器の重鎮のアドバイス
一方、同院では循環器内科の宮﨑彩記子(みやざき・さきこ)特任准教授(写真2)が主に乳がん患者を対象にした腫瘍循環器外来を開設して、乳腺科と共同で活動を開始していた(写真3)。乳がん治療に使われるアントラサイクリンやトラスツズマブの心毒性の制御はもはや乳がん診療に不可欠なものといえる。問題はCMLの治療に使われるTKIだ。転機は2019年3月に行われた日本腫瘍循環器学会の学術集会で訪れた。宮﨑准教授は米国Vanderbilt大学でCardio-Oncology ProgramのDirectorを務める腫瘍循環器の重鎮Javid J. Moslehi准教授と同席する機会があった。Moslehi准教授からは「CMLのTKIについてはデータが少ない。順天堂医院のような総合病院でデータを集めたらどうか」とアドバイスされたのだ。
さらに、このとき偶然にも髙久准教授は同院臨床薬理学の佐瀬一洋教授とともにCML患者データ収集のアイデアについて話し合っており、それ以降協働して診療開始と同時に患者の一人ひとりについて治療に伴う心血管リスクの評価を行う独自の方式を編み出し、現在では90名以上の患者データを収集している。
写真3 院内冊子を通じて患者への啓発も行った
評価と介入の実際
第1の課題は、心血管イベントのリスクを事前に評価することだ。血液内科の髙久准教授がCMLの診断およびその後の診療全般を担当し、リスク評価に関しては循環器内科である宮﨑准教授が頸動脈エコー検査、ABI検査(足関節上腕血圧比)、心エコーの検査を実施する。TKIを選択する際にはイベントの予防を目的にMoslehi准教授が提唱している“ABCDEステップ”も参考にする(表2)。
2019年4月から行った評価研究では、71例中18例(25%)で介入の必要性を認めておもにスタチンによる脂質異常症の治療、降圧剤による高血圧症の治療を開始した。ある男性患者(62歳)はCML診断時におけるリスク評価の結果、冠動脈三枝病変をもっていたことから、カテーテル治療を行ったうえでCML治療を開始した。
さらに、髙久准教授は9施設からなる独自の後方視的なCML診療研究グループに所属し、300名以上の症例データベースをもとに複数の解析結果を海外誌に発表している。特に心血管系イベントに関しては、365名の日本人CML患者のなかで心血管イベントが認められた23名の症例に関し、その合併率や発症のリスク因子を含む種々の解析を行い、海外の専門誌に発表している。BCR-ABL TKIの使い分けについて髙久准教授は「患者の基礎疾患や年齢、さらには生活習慣までを加えたさまざまな要素を総合的に勘案し、個々の患者に最も適したTKIを選択している」と話す。
表2 心血管合併症予防のためのABCDEステップ
ABCDEステップ(英語の頭文字) | 日本語訳(参考) |
---|---|
Awareness of cardiovascular disease signs and symptoms | 心血管疾患のサインと症状に注意 |
Aspirin (in select patients) | (選択された患者における)アスピリン |
Ankle-brachial index measurement at baseline and follow-up | ベースライン時の足関節上腕血圧比(ABI)の測定とフォローアップ |
Blood pressure control | 血圧コントロール |
Cigarette/tobacco cessation | 禁煙 |
Cholesterol (regular monitoring and treatment, if treatment indicated) | コレステロール(脂質定期測定と治療適応者の治療) |
Diabetes mellitus (regular monitoring and treatment, if treatment indicated) | 糖尿病(血糖定期測定と治療適応者の治療) |
Diet and weight management | 食事と体重のコントロール |
Exercise | 運動 |
イベントの希少性と重大性に注目
第2世代のニロチニブやダサチニブ、第3世代のポナチニブで血管合併症が多い原因は明らかではないものの、マウスや細胞株を用いた一部の研究の結果から、血管内皮細胞への影響が疑われている。ニロチニブでは血管内皮細胞表面の特定の接着分子の遺伝子発現を変化させることなどが報告され、ポナチニブではマウスを用いた研究でマイクロアンギオパチーを惹起することなどが報告されている。そこで順天堂大学ではCML患者の血管内皮の機能を調べる目的で、最近になって新たな血管内皮機能検査を導入し、すでにデータ収集を開始している。
がん治療中の患者が循環器障害を合併することはそれほど日常的に起こるわけではないが、患者予後に対する影響の大きさこそが重要と髙久准教授は指摘する。「希少であるが、発症の場合には患者の生命予後に直結するのみならず、QOLを大きく下げる原因となることから、まずは数多くのCML症例を診療し、さらには腫瘍循環器外来との緊密な連携が可能な順天堂大学でデータを収集し、その後は他の施設とも共同し、本邦におけるその発症率やリスク因子、さらには病態の解析を含むさまざまなデータを発信していくことが非常に大きな意義をもつ。個々のCML患者により良い診療を提供することこそが、心血管イベントを含むCML全般を研究する大きなモチベーションになっている」と語った。