ACE阻害薬は化学療法による心臓障害を予防しない
英語オリジナル版はこちらAmerican College of Cardiology(ACC)のAnnual Scientific Sessionで発表された研究によると、高用量のアントラサイクリン系化学療法によるがん治療を受けている間にアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を服用した患者では、ACE阻害薬非服用患者と比較して、化学療法最終投与から1ヵ月後の時点で心臓障害に関連するバイオマーカーであるトロポニンT値に差は認められなかった。
PROACT試験では、高用量アントラサイクリン系薬剤とともに、高用量ACE阻害薬であるエナラプリルを服用した患者では、心毒性バイオマーカーや心機能に関連する副次評価項目に影響はなかったと報告されている。
「化学療法中にこの心毒性のバイオマーカーを[ACE阻害薬によって]減少させるというエビデンスは得られなかった」と、英国MiddlesbroughにあるSouth Tees Hospitals NHS Foundation Trustに含まれるJames Cook University Hospitalの心血管センターで循環器疾患コンサルタントを務め、本研究の筆頭著者であるDavid Austin氏(MD)は述べた。
「PROACT試験の結論としては、このような患者にエナラプリルを標準治療の予防パスウェイとして採用することを支持しないということである。」
アントラサイクリン系抗がん剤は、いくつかのタイプのがん治療に使用される定評のある抗がん剤の一種である。
抗がん剤にはがんを根絶する効果がある一方で、心筋にダメージを与えるリスクがあることが知られている。ごく一部の症例では、この心毒性が最終的に心不全につながる。心不全とは、心筋が弱くなったり硬くなったりして、血液を全身に効果的に送り出すことができなくなる状態である。
これまでの研究で、化学療法中のトロポニン(心筋細胞でのみ発現するタンパク質群)の放出は、後に症候性心不全につながる心機能の変化の可能性が高いことを示すバイオマーカーであることが示されている。
ACE阻害薬が心毒性の予防に役立つかどうかを調べるため、研究者らは英国の13施設で乳がんまたは非ホジキンリンパ腫の治療を受けている患者111例を登録した。
患者は化学療法中、エナラプリルを投与される群と投与されない群に1:1に無作為に割り付けられた。
研究者らは、化学療法治療中およびアントラサイクリン系薬剤の最終投与から1ヵ月後の患者のトロポニン値を評価した。
研究に参加した患者の平均年齢は57歳、女性78%、乳がん62%、非ホジキンリンパ腫38%であった。
すべての患者は試験開始時にトロポニンが陰性であり、ベースラインでの心臓障害がないことが示された。
がん治療中、患者には平均328mg/m2のドキソルビシン相当量のアントラサイクリン系薬剤を投与した。
ACE阻害薬を無作為に投与された患者におけるエナラプリルの平均投与量は17.7mgであった。
試験期間終了時、主要評価項目であるトロポニンT放出を経験した患者の割合に有意な群間差はなかったが、エナラプリル投与群では約77.8%、標準治療群では83.3%に認められた。
また、トロポニンの別の種類であるトロポニンIに関しても、群間に有意差はなかった。
しかし、研究者らは、トロポニンI検査で陽性反応を示した患者の割合(エナラプリル投与群47%、標準治療群45%)は、トロポニンT検査で陽性反応を示した割合と比較して、両群とも大幅に低かったと述べた。
「現在、ガイドラインはトロポニンの種類に基づいて区別していないため、この発見自体に意味がある」と、Austin氏は述べた。
「どちらも観察研究で心毒性と関連していることが示されている。その違いに驚いたが、これにより、どのトロポニンを使用するべきかという疑問が生じる。」
左室駆出率および左室global longitudinal strain(GLS)に関しても、2群のアウトカムは同様であった。これらは心エコー図検査で測定され、心臓機能の評価に用いられる。
この知見に基づき、ACE阻害薬がアントラサイクリン系薬剤による心毒性を予防するための今後の取り組みにおいて役割を果たす可能性は低いと研究者らは述べた。
「この分野はおそらく、別の予防研究を再開する前に、別の(薬剤)候補をみつける必要がある」と、Austin氏は述べた。
PROACT試験は、患者のアウトカムを少なくとも12ヵ月間追跡し続ける予定である。
本研究は、National Institute for Health and Care Researchから資金提供を受けた。