「がん治療に伴う晩期心毒性対策には健診ならびに人間ドックの機会を効果的に利用すべき」と地方独立行政法人・大阪国際がんセンター成人病ドック科の向井幹夫主任部長が、第19回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2022)「AYA世代のがんに対する多職種連携のシンポジウム」で指摘した。
小児・AYA(Adolescent and Young Adult:思春期・若年)世代にがんを発症したがんサバイバーはがん治療が終了した後にもさまざまな問題が生じることがあることから、そのケアにあたり腫瘍医のみならず多職種の連携が必要である。中でも、がん治療後に二次的に発生するがんのほかに、がん治療が終了した後、数年から10年以上経過して出現する後遺症、晩期合併症が大きな問題になっている。晩期合併症には、心疾患、呼吸器疾患、骨量減少、リンパ浮腫などが挙げられるが、特に生命予後に大きく影響する疾患に「晩期心毒性」がある。向井主任部長は「特定のがん治療後には心血管への障害が発生しやすいことが知られている。問題は当事者である患者さんが晩期合併症を発症した時点で症状に乏しい場合があり見逃している可能性があることである」と指摘した。
自覚症状なく左室駆出率が44%に低下
その典型的な事例として、向井主任部長は講演の中で患者さんに同意を得た上でAYA世代に非ホジキンリンパ腫を発症した症例を提示した。患者さんは40歳代の女性。20歳代後半に非ホジキンリンパ腫(縦隔・腹腔内リンパ節腫大)と診断され、放射線治療とCHOP療法(シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン)による治療を受けた。10年後、婦人科疾患の術前評価の際に腫瘍循環器外来を受診したところ、薬剤性心筋障害を指摘され、以後、外来で定期的なチェックを継続している。
がん治療が終わり10年以上経過したが、日常生活では自覚症状をほとんど認めず、通常の仕事を続けていた。「しかし、よくお話を聞くと長時間の仕事や激しい運動の後では、易疲労感・倦怠感が出現する状態であった。心エコー検査を行ったところ左室駆出率(left ventricular ejection fraction:LVEF)は44%に低下していた。さらに左室全体の壁運動が障害され左室拡張末期径は37mmと拡張障害を呈しており、がん治療関連心機能障害(Cancer Therapeutics Related Cardiac Dysfunction:CTRCD)と診断した」(向井主任部長)。
CTRCDはがん治療において出現する心血管合併症の中で最も注意を有する心毒性の一つであり、LVEFが低下し心不全状態(無症候性の場合もある)を示す。『腫瘍循環器診療ハンドブック』(日本腫瘍循環器学会編集委員会)ではLVEFがベースラインよりも10%ポイントを超えて低下して50%を下回るときにCTRCDと定義されている。
晩期心毒性発症のパターン
小児・AYA世代がんサバイバーに認める晩期心毒性の発症機序を向井医師が文献とともに紹介した。
①アントラサイクリン系抗がん剤投与ならびに胸部縦隔領域への放射線照射による心機能低下(Chen Y, et al.: J Natl Cancer Inst. 112(3): 256-265, 2020)、②頭蓋への放射線照射による視床下部、下垂体障害の結果、成長ホルモン機能などが低下することで心機能が障害される。さらに糖尿病などの代謝性疾患を若年から発症する(Landy DC, et al.: Pediatr Cardiol. 34(4): 826-834, 2013)。そして、③がんサバイバーとして経過観察中に生活習慣病(高血圧症、脂質異常症、糖尿病)を合併することで若年性動脈硬化性疾患を発症する(Armstrong GT, et al.: J Clin Oncol. 31(29): 3673-3680, 2013)。
欧米では、これらの発症機序を理解したうえでがん治療を開始する時点で晩期合併症の発症予防を念頭においたがん治療がすでに始まっている。さらにアントラサイクリン系抗がん剤の心筋症の発生予防薬として海外ではデクスラゾキサンが使用されており、向井医師はこの薬剤の使用に期待を示した。本邦では現在、アントラサイクリン系薬剤投与時の血管外漏出による組織障害を抑制する薬剤として使われているが(商品名:サビーン)、薬剤性心筋症の発生予防薬としての適応が認められていない。そこで、日本腫瘍循環器学会を中心に、日本臨床腫瘍学会、日本小児血液・がん学会、日本循環器学会などが合同で厚生労働省・適応外薬検討会議に申請を行っている。
健診や人間ドックでがんサバイバーに注意喚起を
がんサバイバーにおいて、がん治療が終了した後にも予防医療が必要となる。その目的は、がんの再発やがんの二次発症を早期発見することに加え生活習慣病発症を予防することでがん治療による晩期合併症の発症を最小限に抑えることである。
向井主任部長は「晩期心毒性は5年、10年を経過して発症することが多く、腫瘍医だけでフォローすることは難しい場合が多い。そこで、循環器医(腫瘍循環器医)、さらにプライマリケア医や外来かかりつけ薬剤師などの多職種が連携し晩期合併症を念頭においた長期のフォローアップ体制を構築していくことが必要である」と述べた。
課題は、小児・AYA世代を中心にがんサバイバー全体の問題点を十分理解したバックアップ体制の構築と長期のフォローアップ体制に対する金銭的補助(診療報酬)がほとんどないことだ。
そこで向井主任部長は人間ドックを「がんサバイバードック」として活用することや、健診、例えば40歳から74歳までを対象にした特定健康診査、いわゆるメタボ健診の機会を利用することを推奨した。「健診の対象とする糖尿病、高血圧症、脂質異常症などの危険因子は、生活習慣病として動脈硬化性疾患のみならずがんと共通している。さらに、がんサバイバーの晩期心毒性の危険因子と重複しているケースが多い。そこでがんの既往がある患者さんに対しては、がんの再発・二次発生がんの問題や晩期合併症、特に晩期心毒性のリスクがあることを患者さんに注意喚起する機会にしてほしい」と総括した。