大阪国際がんセンター腫瘍循環器科の岡 亨・副部長らが、同施設で分子標的治療薬オシメルチニブ(商品名:タグリッソ)を使用した非小細胞肺がん(NSCLC)患者を対象とした後ろ向き調査研究で、CTCAEグレード3以上の心血管有害事象が4.9%の患者に検出されたと報告した。さらに、オシメルチニブ投与を受けた前後で左室駆出率(LVEF)の変化を解析したところ、LVEFが6%低下していた。岡副部長は、「オシメルチニブを使用する場合には、心不全症状に注意し、特に、心血管危険因子を保有する患者については慎重にフォローする必要がある。可能であれば、心エコーによってLVEFを定期的に検査する必要があるかもしれない」と語っている。
オシメルチニブは第3世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)。第1、2世代のEGFR-TKIで効果が低かったT790M変異(790番目のアミノ酸がトレオニンからメチオニンに変異)陽性のNSCLCに高い奏効率を示した。NSCLC患者を対象とした第3相国際共同試験FLAURA試験において第1世代のゲフィチニブ、エルロチニブと比較して、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)を延長した1,2)。さらに、T790M変異以外の変異陽性あるいはNSCLC患者においても有効性が示され、NSCLC治療の第1選択薬として広く使用されている。
FLAURA試験ではオシメルチニブ投与を受けた5%のNSCLC患者においてLVEFの低下が認められたと報告されていた。大阪国際がんセンターでオシメルチニブを使用したNSCLC患者123例を対象とした調査研究において、CTCAEグレード3以上の心血管有害事象が6例(4.9%)で確認された3)。同様に、FDAの有害事象報告システムを調査した研究においても、オシメルチニブ投与を受けたNSCLC患者の5%前後に心血管有害事象が報告されており4)、岡副部長は、「オシメルチニブ投与による心血管有害事象は稀ではなく、特に心血管疾患や心血管危険因子をもった患者には注意が必要だ5)」と語っている。
オシメルチニブ投与前後で心エコーを施行した38例のNSCLC患者のLVEFは6%低下していた。さらに、岡副部長らがオシメルチニブ投与後に心機能が低下した症例の心筋生検標本を組織学的に解析したところ、心筋細胞肥大が共通して認められる一方で、心筋壊死や脱落は認められなかったことから、岡副部長らは「限られた症例での検討ではあるが、心機能に対してオシメルチニブは左室収縮を機能的に抑制する作用があるのではないか」と指摘する。
- 1) Soria JC, et al.: N Engl J Med. 378(2): 113-125, 2018 [PubMed]
- 2) Ramalingam SS, et al.: N Engl J Med. 382(1): 41-50, 2020 [PubMed]
- 3) Kunimasa K, et al.: JACC CardioOncol. 2(1): 1-10, 2020 [PubMed]
- 4) Anand K, et al.: JACC CardioOncol. 1(2): 172-178, 2019 [PubMed]
- 5) Kunimasa K, et al.: Lung Cancer. 153: 186-192, 2021 [PubMed]
がん薬物療法には心エコー図検査が有用
1970年代からアントラサイクリン系抗がん剤による心筋傷害は用量依存的に心筋症を発症し、予後不良であることが知られている。また、1990年代に登場した分子標的治療薬は比較的安全性が高いが、心血管有害事象、特に心不全を発症することが稀ではないことが明らかになった。したがってがん薬物療法において心機能を評価することは重要であり、がん患者に負担をかけずに繰り返し可能な検査方法である心エコー図検査によるLVEFは心機能障害を検出するために重要な指標である。
2008年、米国心エコー図学会と欧州イメージング学会が共同でがん治療関連心機能障害(CTRCD)の概念を発表した。「LVEFがベースラインよりも10%ポイント低下し、かつ、53%を下回る」場合をCTRCDと定義し6)、該当した場合には循環器医にコンサルトするように提唱されている。
また、最近、がん治療薬による心機能評価の新たな指標としてglobal longitudinal strain(GLS)が注目されている。スペックルトラッキング法を基に左室心筋の動きをトレースする方法であり、LVEFの変化より早く心機能障害を検出できる指標として期待されている。がん治療薬による心機能障害検出のアルゴリズムにおいてもLVEFと併記されることが多く、「GLSがベースラインと比較して相対的に15%以上低下」が認められた場合に心機能障害と考えるとされる7)。
心血管障害リスクが想定されたら早めにコンサルトを
このようにがん薬物治療を行う上で心エコー図検査は重要な役割を担っており、その需要も高いが、まだ問題点もあるようだ。岡副部長は「LVEFについて言えば、現場ではまだ十分にCTRCDの概念は十分浸透したとは言えないし、基準値も53%であったり50%であったりガイドラインや提言にも基準値にもバラツキもある。また、CTCAEのグレードとCTRCDの値とに差があり、心機能障害への治療介入が遅れることもある。コンサルトを受ける循環器医の立場としては、より早い段階で介入したいというのが本音」と語っている。
また、GLSに関しても、「GLSは心機能の鋭敏な指標と考えられ重要な情報となるが、LVEF 以上に信頼性の高いデータを得るには熟練と手間が必要で、日常臨床においてルーチンでGLSを測定している施設は少ない」と話す。「そもそも、ベースラインのデータがなくて判断が難しい場面もある。心血管有害事象をもつがん患者を治療する場合や、心機能障害が生じる可能性のあるがん治療薬を使用する場合には、可能な限り治療前のデータを収集し、早めにコンサルトしていただきたい」と腫瘍医に要望している。
「腫瘍循環器診療は生まれたばかりであり、まだまだ解決すべき課題は多い。がん治療医と循環器専門医がそれぞれの立場の理解を深め、わが国独自のガイドラインをともに作り上げることが、より積極的ながん治療に結びつくはず」と岡副部長は語っている。